第百二十話 魔王の息子 前編
魔王城の会議室に、続々と只者では無い魔物たちが集結していた。
ゲーム製作者だった俺なら一目でわかる。
リザードマン、ヴァンパイア、サキュバス、キマイラ、ケンタウロス、サイクロプス、ミノタウロス、バジリスク……その種族の頂点のような魔物たちばかりだ。
独自の連絡網と転移魔法陣によって、招集から僅か10分程で魔王国の幹部たちが勢揃いしたようだ。なんと素晴らしい統率だろうか。
……と、唸ったその瞬間に、もう一人が転移してきた。派手なエフェクトに包まれ、真っ赤な貴族風のスーツを着こなす黄色い魔物だ。種族名は……なんだろう?
「やあやあ、遅れてすまなかったね!」
人懐っこい笑顔の魔物は、そのまま空いていた席に腰を落とした。
魔王が立ち上がる。
「急な召集に対応してくれて、ありがとう。先ずは儂の客人を紹介する。皆には報告が入っているとは思うが、改めて儂の方から紹介させてくれ。デベロ・ドラゴという国からやって来た『漆黒』の皆さんだ」
魔王に促され、俺も立ち上がった。
「『デベロ・ドラゴ』国王の鏑木英太です。よろしくお願いします」
俺に続いて、ゴレミ、ゴレオ、サーシャも挨拶をしたが、サーシャ・『ブランシャール』という名前に、数名が反応を示した。
先代の魔王を倒した勇者の仲間、ハイエルフのダーリャ・ブランシャール。目の前に居るエルフの名前がブランシャールである事が、気にならない訳は無いだろう。
「既に伝えてある通り、彼らは客人であり、儂の護衛だ。彼らに過剰な干渉は不要だし、何かあるならば、儂を通してくれ」
「魔王様、宜しいでしょうか?」
手を挙げたのは、先程の遅れて来た魔物だ。
「何だ?」
「皆、気になっていると思いますので。サーシャ様は、ハイエルフの家系のブランシャール一族でお間違え無いでしょうか?」
こんなに真っ直ぐ質問するんだ……と感心した。良く見れば魔王と同じ羊のような角を生やしている。もしかして……
「そうだ」「そうです」
魔王とサーシャの声が重なった。魔物たちは一様に顔を顰めたが、質問者である魔物だけは、表情ひとつ変えずに真っ直ぐサーシャを見つめていた。
警戒されている。当然だ。しかし魔王の庇護下に居る限り、荒事にはならない安心感はある。
……でと、先代の魔王への忠誠心とか、辞めてくれよ。
「ありがとうございます。サーシャ様、魔王デスルーシが七男、カートでございます。以後お見知り置きを」
やっぱり魔王の息子かよ……って事はお爺ちゃんの敵の孫ってことか?
確かに、集まった魔物の中でも、特別な雰囲気を感じる。ブランシャールの名前に眉一つ動かさないのも納得だ。
「では本題に入るぞ……英太、先程の素材をここに」
俺は言われるがままに、クリスタルを含めた全ての素材を取り出した。金銀だけではなく、アダマンタイトやオリハルコンまである。
量も膨大だ。魔族の幹部たちも驚きを隠せないようだった。
「英太のスキルで、鉱山をひとつ丸々採掘したのだ。採取出来た素材がこれらだ。ここから英太への報酬として、4割を支払う事となる。異論は無いな?」
魔王の決定に異を唱える者はいなかった。
「そこで儂からの命令だ……儂の客人を個人的に利用しようとする者がいた場合、問答無用で極刑に処す」
いきなりの言葉に汗が出る。俺を拉致監禁して創造させようとする者への牽制だ。確かに、その発想は出るだろう。常に覚悟はしている。
「そしてもうひとつ。同じ報酬で鉱山の採掘を頼みたい者がいれば、ガリュムに申請してくれ。儂の方から英太に頼んでみる。その場合、採掘を生業にしていた人員に他の職を与えてやらねばならぬが、人手不足の業種も同時に提案するように頼む。儂からは以上だ」
魔族の幹部たちは、それぞれに了承し、魔王に一礼をして去って行った。
自己紹介も無しに居なくなってしまうのか……とも思ったが、魔王国としては普通なのかもしれない。
たった一人、魔王の息子であるカートだけがその場に残った。
「父上、早速ですが、私の領内にある鉱山の採掘を英太様にお願いしたいのですが」
魔王はこの世の物とは思えないような冷たい顔で息子を見やり、言葉を吐いた。
「カートよ、仕事にあぶれた作業員に与える職を同時に提示しろと言った筈だ。儂の言葉を軽んじていると捉えてよいのだな?」
「いえ、滅相もありません。私が父上をどれだけ慕っているか……」
「では、言った通りの手順を踏め」
「承知しました。英太様、また改めてお願い申し上げます。是非我々の領土にもお越しください」
カートは執事が如く、頭を下げる。
「カート、儂はガリュムを通せとも言ったぞ」
「はっ! 承知致しました!」
カートは華麗な立ち居振る舞いで跪き、くるりと回転して転移魔法陣に飛び込んだ。
……なーんか、不安なキャラだな。
容姿と立ち居振る舞いは完全に王族なんだけど、俺の嗅覚を刺激するものがある。ダメ坊ちゃんって感じがするな。魔王の話を聞いていないのもそうだが、注意されたという認識すらない感じ。
「サーシャ、ゴレミ、ゴレオ、英太を借りるぞ……バルゼ、至急ガリュムを皆の元に」
魔王の言葉を受けて、護衛のバルゼが姿を現した。ずっと居たって事か? 気配なんて完全に無かったぞ……
「英太、二人だけで話がしたい」
その声は、聞いた事の無い程にひりついたものだった。
☆★☆★☆★
「英太はサーシャを抱かぬのか?」
……どんな真剣な話が待っているのかと思ったら、一声目がこれだった。
そうだ。この爺さん、ちょっとスケベ爺いの気があったんだった。
「無いですよ。サーシャはハイエルフなんで」
魔王ならば事情を知っている可能性もある。どうとでも捉えられる言い回しで、理由を伝えた。
「では、抱きたいとは思わないのか?」
「……知らないんですか?」
「ハイエルフは種と共に、男の全生命力を子供に移すのだろう?」
「それが理由にはなませんか?」
「レベル200を越えれば、死なない可能性もあるぞ」
この会話……タルトともしたよな? 魔王は知っててやっているのか?
「いや、俺は99でレベルがカンストしていて」
「アンカルディアは知っているか?」
俺はアイテムボックスから、大魔導師の指輪を取り出した。
「この指輪の持ち主、勇者パーティーの一員ですよね?」
「ふん、やはり人間国の伝承は不確かだな」
「何がですか?」
「アンカルディアは、勇者パーティーの一員ではない。邪神討伐隊の一員だ」
邪神討伐隊……グゥインが邪神か邪神の子供だと仮定して、それを討伐した? 封印した部隊ということか?
「……それって、違うんですか?」
「『勇者パーティー』は、我が父、魔王デスビートの討伐メンバーだ。始祖の勇者、拳聖レミ、大聖女クラスタ、大魔導師セイメイ、ハイエルフ・ダーリャ、ドワーフ王ベンティ、獣王ローズ、フェアリー王女クイーンからなるパーティーだ」
「そうなんですか? なんか、人間国でも、国によって所々伝承が違うんですよね」
「『邪神討伐隊』は、先の8名を中心としているが、その中の4名を抜き、新たに2名を追加した6名だ。正確には配下の者も数多く戦闘に参加したがな」
「アンカルディアは、そっちのメンバーなんですね」
「そうだ」
「ちなみに、アンカルディアって、クソババアなんですか?」
「ふっ、誰が言った? あいつの性格は真っ直ぐ過ぎる程に真っ直ぐだ。ほんの少しの融通も効かぬのがたまに傷だ」
「そうなんですか」
「何故そのような質問をした?」
「アンカルディアにレベル上限を解放して貰ったというルーフってフェンリルが、ずっとクソババアと連呼していて」
「……まさに、儂が英太に薦めようとしていたのが、その上限解放だ……確かに、アンカルディアなら、相応の代償を要求するだろうな。フェンリルは大切な何かを奪われたのかもしれない」
「呪いの効果でその内容を他言出来ないらしくて、俺たちも中身を知らないんですよ」
「……まさか」
「心当たりあるんですか?」
「いや、可能性の話だ。フェンリルに影響が出るといかん。余計な言及は避けておこう」
魔王の反応は明らかにおかしい。良くない事で間違いなさそうだ。
「用事って、この話だけですか?」
「いや、本題はこっちだ……儂の息子、カートをどう思った?」
……やっぱりね。答えにくいことこの上ないな……