第百十九話 規格外
『まーくん』こと魔王デスルーシは、孤児院の子供たちに靴を配っていた。ちゃんと一人一人のサイズも知っていたし、成長を加味して少し大きめにしたりもしていた。
子供たちと共に昼食を摂る事になったのだが、やはり、食べ物があまり美味しくない問題が勃発した。
この辺はどの種族も中世ヨーロッパ基準なんだな。
そこで俺は、夕食をご馳走する約束を取り付けた。俺でも作れる万能料理・カレーライスを作ってやろう。
食後の運動で、サーシャ、ゴレミ、ゴレオが子供たちと駆け回っていた。魔王から貰った子供たちの新しい靴は、もう泥んこになっている。
俺はそれを眺めながら、魔王とトップ会談をする。議題は、食事だ。
魔王に確認したところ、魔王国では魔物の肉は、緊急時以外は食べないそうだった。人間や他種族の肉も先代の魔王が死去して以来禁止となっていた。魔王国の主食は魔獣と野菜と穀物……人間国となんら変わりなかった。
「じゃあ、オーク肉は使えないわけか……」
「無論だ。しかし儂の放った魔素のせいで、フレイマにスタンピードが起きていたとはな」
「ダンジョンも出来ていましたよ。でも、人間国的には迷惑って訳でも無さそうでしたけど」
「ふむ、難しい問題だな……同族がレベルアップの為に殺される事には思うところがあるが……それがこの世界の理でもあるからな」
「構わないという考えですか?」
「ダンジョンに発生する魔物は、別物と考えている。魔王国にもダンジョンはあるし、修行の場として活用している。スタンピードは魔王国には発生しない……まぁ、人間国と魔王国とが対立する事態にならなければ、全て目を瞑る事になるな」
お互いにとっての必要悪って事か……
人間国的には、狩りの対象としての魔物は必要。
魔王国にとっては、国民以外の同族は感知しない。
どちらも、少し間違っているような気がするが、正しさを押し付け合ったら、そこに待っているのは自ずと戦争だろう。
「難しいですね。国を統べると言う事は……」
「其方も国王だ。近い将来、決断を迫られるぞ」
「その時は、相談に乗って貰えますか?」
「くっくっくっ……魔王に相談か……やはり、儂の目に狂いは無かったな」
その微笑み方はどう見ても悪者だったが、なんだか楽しい気分になった。
☆★☆★☆★
夕飯の仕込みは創造で、アイテムボックスに収めてある。イメージするだけで野菜や肉が細切れになるのは便利この上ない。
夕飯は、孤児院の児童たちを魔王城に招待する事になった。
それまでの時間は、城下町を街ブラしながら、国民とコミュニケーションを取るようだ。
街の人々との会話を聞くだけで、魔王が愛されているのがわかった。グゥインが理想とする国家は、きっとこんな感じなのだろう。
魔王は『視察』を名目に、俺たちを『案内』し、国民に顔見せしてくれているように感じた。その意図は、移民の獲得の手助けとしか思えなかったが、魔王にそれをするメリットはあるのだろうか?
「英太、魔道具に興味があるのだろう? この店は魔王国随一の魔道具店だ。少し覗いてみるか?」
中を覗くと、そこには気難しそうなコボルトの店主がいた。店主は魔王の顔を見るなり、ニカッと微笑んだ。
「まーくん、例のもん出来たぜ」
例の物?
「おお、そうか! では、試しに付けてみるとしよう! それとな、それとは別に、此奴らに合う魔道具を見繕って欲しいのだ」
「この子らは? 人間とエルフと真っ黒のゴーレムか? 変な組み合わせだな」
人間のカテゴリーに加えられて、ゴレミが少し嬉しそうな顔をした。
「儂の客人で、ひと月の間、護衛を頼む事になった」
「なるほどね。みんな、鑑定してもいいかい?」
俺たちが頷くと、店主は虫眼鏡を取り出した。それを通して俺たちを覗く。
「おろっ!? 英太さんはユニークスキル持ちか……えっ、サーシャちゃんは、ハイエルフなのかい? ゴレミちゃん……強いねぇ……え、ゴーレムなの? 人化って何だよ? 聞いた事ねぇぞ……ゴレオくんは……これからって感じだねぇ……」
どうやら、鑑定魔法が使える魔道具のようだった。俺はそれに興味を持った。
「その魔道具、ちょっと使わせて貰えませんか?」
「いいよ。覗き込んで、鑑定したい! って念じると使えるよ」
俺は虫眼鏡を覗き込んで、サーシャを覗いた。サーシャのステータスが浮かび上がる。ゴレミも、ゴレオも同様で、鑑定スキルの無いサーシャたちも、これを使えばステータスを確認する事が出来た。
「これって、売り物だったりします?」
「いや、売れない事は無いけど、改めて作らないといけないから一ヶ月はかかるよ」
俺が作れると認識したものは全て創り出す事が出来る。だから本当はすぐにでも創造出来るのだ。
しかし、それだとどうしてもデジタル万引きしている感が否めない。物は不要だが、何とか店主に対価を支払いたいだけなのだ。
「まぁ、魔晶石があればすぐなんだけど、最近は不足しがちだからね」
「……魔晶石って、魔石を加工したものですよね? 魔族の死体から?」
「それもあるよ。でも魔道具の素材としてじゃなくて、家族の魔石を形見として魔晶石にするってやつ。魔道具に使うぶんは、クリスタルに高濃度の魔素を浴びせる事で魔晶石を作り出してるの」
「グラム、国家機密をペラペラと喋るな」
「あれ? ダメだった?」
店主は少しだけ焦る。
「英太たちになら構わない。それ以外の者には秘密だ」
VIP待遇受けてるな……逆に不安になるぞ。
「高濃度の魔素を浴びせるのは、ダンジョンで行っている。30階層にいる武神バルカンが発する魔素を吸わせているのだ」
「武神って、また強そうな」
「単純な戦闘力ならば、魔王国で勝てる者はいないだろうな。ただし小細工や絡め手に弱いのが玉に瑕だ。今の儂でも余裕で勝利出来る」
うーん、脳筋タイプの戦士なのかな?
「魔晶石が不足している理由は、武神の魔素不足ですか?」
「いや、素材となるクリスタル自体が不足している。魔晶石に出来るクリスタルは、純度の高い物のみだからな。滅多に手に入らない」
「鉱山かなにかから採掘しているんですよね?」
「そうだ……興味があるのか?」
「俺のユニークスキル創造と、採掘の相性が良いんですよ。マジックバックの容量も大きいし」
「それは、採掘の協力をするから、魔晶石を分配しろということで良いのか?」
これは、久しぶりに『規格外』が頂けるかも。
「鉱山を丸ごと採掘しても宜しいですか? それにかかる筈だった諸々の経費ぶんの鉱石が欲しいです」
「鉱山を丸ごと?」
ぽかんとする魔王に、鉱山への転移をお願いした。
☆★☆★☆★
魔王の指示によって、鉱山に居る全ての作業員が山を降りた。そして俺は、鉱山そのものを収納する。
当然ながら過去最大量の収納だ。初めてアイテムボックスの容量の90%を超えた。すると、途端に容量が広がった。
どうやら、アイテムボックスのスキルレベルが上がったみたいだ。
お口あんぐりの魔王と魔王国の皆さんを尻目に、俺はアイテムボックスの中身を創造する。
鉱山から取れる鉱石を種類ごとに仕分けて、クリスタルのみに集中する。クリスタルの純度を上げるべく、不純物を取り除きながら融合していく……
出来上がった1トン程のクリスタルを魔王デスルーシに差し出した。
「これが、俺のスキル《創造》です」
「これは、規格外だな……」
はい! 規格外、頂きました!
1トン程のクリスタルの他に、金、銀、鉄、ダイヤモンド、鉛、銅、エメラルド、アダマンタイト、オニキス、オリハルコンが採取出来た。
俺はお口あんぐりの魔王の前に、それら全てを差し出す。
「採掘した石は不要ですよね? 宜しければ頂けますでしょうか?」
アイテムボックスの中には、山ひとつぶんの石がある。デベロ・ドラゴの建築素材にしてもいいし、変換効率はめちゃくちゃ悪いが、土魔法を使えばミスリルに変換も出来る。
「それは構わぬが……これと同等の事を、他の鉱山でも出来ると言う事か?」魔王は捻り出すように言った。
「そうですね。出来ると思います」
「英太よ、緊急で会議を開く。鉱石を収納して、魔王城に戻るぞ」