第百十六話 魔王デスルーシ
俺たちの目の前に、魔王デスルーシが鎮座している。その背中に生える天使に似た羽のせいだろうか? 魔族の王は、まるで魔族の神といった様相をみせている。
第二区画から転移した先が、まさかの魔王城で、さらに魔王の部屋だとは……
「タルトの奴……とんでもない所に転移させてくれたな」
あまりの状況に、目の前の豪華な食事が喉を通らない。
いや、高級なワインで無理矢理流し込んではいるのだが、全然味がしない。
「ハルホ? ハルホがどーひはんでふか?」
サーシャは果実を口いっぱいに頬張りながら俺に聞いて来た。え? それ、吐き出さずに飲み込めるの?
あ、ちょっとずつ飲み込んでる……さすがハイエルフ。
「ハルホ?」
そう言ったのは魔王デスルーシだ。
サーシャの真似をしたのか、デスルーシもブラックドラゴンのテールステーキを口いっぱいに頬張っている。それ、デベロ・ドラゴ流の食事マナーじゃないんです。
流石にそんなのは飲み込め……おいおい嘘だろ!? 飲み込みやがった……流石は歴代最強の魔王だ……
……と、いうわけで、俺たちは色々あって魔王と共に優雅な食事をしていた。
ほんの一時間前には想像も出来なかった事だ。
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「我が名はデスルーシ……我が城に忍び込むとは、死の覚悟があっての事であろうな」
目の前には3メートルはあろうかという巨体の持ち主がいた。
「もう一度聞く……其方らに魔王と闘う覚悟はあるのか?」
強烈な魔力を放つ魔物は、自らを魔王と言った。つまり……目の前の魔物こそが、フレイマを消し去り、勇者を殺した魔王デスルーシなのだ。
「貴様らは何故ここにいる? 儂を暗殺しに来たのか?」
魔王はすぐには攻撃をしてこなかった。どうやら、俺たちに少なからず興味があるようだ。
「俺たちは『漆黒』という冒険者のパーティーだ。ここに来たのは、大量の魔素が必要で、それを手に入れる為」
「魔物を攫おうという魂胆か?」
「いや、移住者を募りたいと思っていた。魔王にも話を通さないといけないとは考えていたが、まさか転移先が魔王城だとは思いもしなかった」
「ふむ、暗殺者ではないと申すか……しかし、腑に落ちぬ事がいくつかある。それに答えられたなら、試練を与えよう。その試練を乗り越えたなら、命を救ってやる」
つまり、魔王との戦闘を回避出来る術がある……ということか。
「何でしょうか?」
「冒険者パーティーは人間国特有の文化だ。貴様が人間なのはわかる。しかし、儂の目にはそっちの娘はエルフに、このちびすけはゴーレムに見える……その人間の姿をした女もゴーレムだな……全ての種族間において不可侵条約がある中で、何故そのような事が起きる?」
ゴレミの事までお見通しとは、やはり魔王は只者ではない。
「俺は『死の大地』と呼ばれる島からやって来た。エルフのサーシャは、その島に迷い込んで来た。ゴーレムたちは、俺がスキルで創造した」
「エルフのサーシャ……儂は其方に似た者を知っているぞ」
「ダーリャ・ブランシャールは、私の祖母です」
サーシャの言葉を聞いた魔王は、目を閉ざして深く深呼吸をした。ダーリャは先代の魔王を退治した勇者パーティーの一人だ。憎っくき仇であり、その孫が目の前にいるという状況だ。
「そうか……ふふっ……まさか、このタイミングでとはな……」
「何がですか?」
「『死の大地』とは、本当の呼び名か? 正式な名称は別ではないのか?」
「正式な名前はわかりません。俺たちは、最近そこに国家を立ち上げました。その名前は『デベロ・ドラゴ』です」
「ドラゴ……そのゴーレムたちから発される魔力は黒竜の物か……ふむ……奴はまだ生きておったか……」
「もしかして、グゥインの事を知ってるんですか?」
「グゥイン……? いや、そのような名では無かった筈だが……」
「とっても可愛い、ドラゴンの女の子です」
サーシャが言った。グゥインにとって本来の姿はドラゴン形態なのだが、サーシャの前では、ほぼほぼ少女の姿でいた。
「儂の知る黒竜は、禍々しい巨体の竜じゃ……もしや、そのグゥインとやらは奴の子孫かもしれぬな」
子孫……そうか……グゥインにだって親はいるか……
「グゥインちゃんは王様で、英太さんも王様なんです」
「国王が二人なのか。変わった国だな……うむ、腑に落ちたぞ……貴様らは封印されし大陸からの使者というわけか……魔素を欲する理由は、魔素を栄養とする黒竜生存の為……という所だろう」
「そうです」
「では、試練を与えよう……それを乗り越えられれば、命を奪いはせぬ」
「その試練とは?」
魔王は自身を含めた俺たち全員が包まれるだけの、小さな結界を張った。瞬間、転移する。
その先は、巨大なコロシアムだった。
コロシアムでやる事と言えば……
「儂と戦って生き残れたら、其方らを生かしてやる」
それって文脈おかしくないですか? 生き残れたらそりゃ生き残るでしょ!
……でも、こうなったらやるしかない。
「全員対魔王で良いですか?」
「ほう……見た目によらず勇猛だな……覚悟の決まった目をしておる」
「英太さん、大丈夫ですか?」サーシャは不安そうだ。
「大丈夫、俺たちにはルーフが……あれ?」
「どうした?」
「魔王……フェンリルは?」
「フェンリル?」
「英太さま、どうやらルーフは魔王国に来ていないようです」ゴレミが言った。
「なんで?」
「理由はわかりません」
ルーフがいないとなると、大ピンチだ……グゥイン、ルーフに次ぐ3番目の強さを誇る魔王を相手にするって……無理ゲーじゃないですか?
「ルーフはいませんが、魔王は私一人でも対応出来る強さです」
ゴレミが魔王の前に立ちはだかった。
「……は?」
一人で対応出来る?
「英太さま、念の為に身体強化の魔法をお願い致します。サーシャさまは、ドライアドで皆様を守ってくださいませ。私が危うくなった場合、回復をお願いいたします。ゴレオは私の闘いを観察して、学んでください」
「はい!」
「わかったっす!」
サーシャとゴレオは何の疑いも持たずに返事をした。半信半疑ではあったが、俺も言われるがままにする。
そして俺は、魔王デスルーシのステータスを鑑定した。
名前:デスルーシ
年齢:不明
種族:魔王
称号:玉座に座す者
レベル:xxx
HP:190,000 / 190,000
MP:330,000 / 330,000
基本能力
筋力:SS
敏捷:S
知力:SSS
精神:SSS
耐久:S+
幸運:B+
ユニークスキル:セーフモード
スキル
•王の威光 Lv.7
•闇魔法 Lv.10
•魔力統制 Lv.9
•不屈 Lv.10
•老獪なる策略 Lv.6
• 全能鑑定Lv.5
• 空間魔法Lv.10
• 爆裂魔法Lv.10
その力はグゥインやルーフには遠く及ばないものの、ゴレミ一人で相手出来るレベルでは無かった。
ユニークスキルは『セーフモード』か。これもゲーム制作で使用する用語ではある。
一応ゴレミも鑑定してみるか……
「《詳細鑑定》」
名前:ドラゴレミ
年齢 : 0
種族:ゴーレムドラゴン
称号:暗黒竜の側近
黒竜拳
レベル:178
HP:218,000/218,000
MP:20,000/20,000
基本能力
筋力:SSS
敏捷:SS
知力:A
精神:SSS
耐久:S+
幸運:A
スキル
・言語 Lv.5
・変形 Lv.6
・献身 Lv.10
• 人化 Lv.1
めっちゃ強くなってる……出発前に再構築したのと、グゥインから貰った『黒竜拳』の称号のせいか? レベル上限もいつの間にか突破してるのは、ゴーレムだからか?
これ……バフと回復手段があるなら、本当に魔王より強いかもしれない。
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ゴレミとデスルーシの戦闘は、それはそれは激しいものだった。
単体の魔王に対して、魔法の援助があるゴレミ。
明らかにゴレミ有利の条件下で互角の闘い……やはり戦闘経験は魔王の方が一枚上手という事か。
魔王が強大な魔力を貯めようとした瞬間に、ゴレミの速度が上がった。魔王の詠唱を阻害し、魔力を霧散させる。
その瞬間、魔王は両手を挙げた。
「儂の負けだ」
「承知しました。英太さま、サーシャさま、勝利致しました」
「あ、ああ……」
魔王は石畳に寝そべって、込み上げる笑いを堪えていた。
「魔王、まだ余力あったんじゃ?」
「馬鹿者……そんな訳があるか……いや、余力はあったな……まだ力の半分程しか出しておらぬ」
「やっぱり」
「その女は力の二割程度で戦っておった。そして、儂が魔力を溜めるタイミングだけ、100%の速度で対応しよった……全力同士なら一瞬で決着が着くわい」
「そうなの?」
「隙を突こうと温存していただけです。全力同士だった場合は……一瞬は言い過ぎですが、負ける気はしません」
「約束通り、貴様らの命は保証する……そして、今度は二つほど提案させて貰う」
「なんですか?」
「魔王国のルールだと、儂に勝ったその女が次の魔王となる。受け入れるつもりはあるか?」
「……はぁっ?」
ゴレミが魔王に?
「ありません。私はグゥインさまの僕であります。それ以外の地位は不要です」
「では、二つ目の提案だ……魔王国にいる間……貴様らを護衛として雇いたい……どうだ?」
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そして、現在に至る。俺は魔王にグゥイン国王の尻尾肉を献上し、魔王は俺たちを最高級の酒と料理でもてなしてくれた。
話題は自ずと結界を通り抜けた術に収束するのだが、いきなり魔王とエンカウントする事になるとは思ってもいなかったので、言っていい事と悪い事の整理がついていない。
『漆黒』のメンバーに、タルト関連の話をしていなかったのは、良い判断だったと思う。
魔王国とデベロ・ドラゴの結界を緩めたのがタルトである事は俺しか知らない。魔王に知られるのはタルト的にマズいだろうが、隠し通せそうにもない。
聞かれた事に、答えられる範囲内で答える事にする。
「そのタルトとやらは、儂の城が其方らの国と繋がっておる事を知っておったのだな?」
「魔王国と繋がっているとは言っていましたが、魔王城とは言っていませんでした」
タルトは自分を魔王の息子だと言っていた。それが嘘とは思えない。
タルトという名前が偽名なのか、魔王にとって、記憶にも残らないような名なのか、現状ではわからない。
ともあれ、『漆黒』は、魔王デスルーシの護衛となった。
その護衛である俺は、魔王に復讐を誓う者を知っているのだが……どうしたものだろう……?