幕間 時をかけるドライアド
僕が契約者を選ぶ時に重要視するもの……それは、美しさなんだよ。
心と身体の美しさ。
彼女にはそれが備わっているんだよ。だから僕は付け狙っているんだよ。彼女が産まれた時から、ずっとずっと。
何回でも、何度でも。
19回のうち、17回は彼女と契約したんだよ。
最初は気にも留めていなかった……と言えば嘘になるけど、契約出来なくても構わないと思っていたんだよ。事実、契約しなかったしね。
彼女はどの精霊とも契約しなかった。ハイエルフにもならなかったし、エルフ王国は滅亡してしまった。
当然の結末だよ。新たなハイエルフを生み出す為に、ハイエルフの資格を持つ彼女を殺してしまったんだから。
ハイエルフの家系が途絶えたら、新たなハイエルフが誕生する……そんな嘘っぱちに騙された、愚かな種族なんだよ。
エルフ族と一緒に、僕も消滅したんだよ。
それで良いと思っていた。
それなのに、僕は過去に戻っていたんだよ。
あの子が生まれた日、僕の初恋のエルフが死んでしまったあの日にだよ。
隔離された部屋で、僕の初恋のエルフは死んだんだよ。娘を産み落として、母にお腹を裂かれて……
嫌になるほど、静かな部屋だった。白い布の上に散った赤が、どうしようもなく目に焼き付いていた。
もう見たく無い光景だったけど、僕は見てしまったんだよ。
だから僕は誓った。この子と契約するって。
僕は彼女との契約に成功したんだよ。600歳になるまで、彼女を守り通して、ハイエルフにしたんだよ。
でも、彼女は殺されてしまった。彼女を嫌いなエルフは多かったからね。ハイエルフの伝承を信じてもいたしね。
嫌悪と畏れが入り混じった視線が、彼女に注がれていた。あの夜、静かに、けれど確実に、刃は彼女を貫いたんだよ。
僕はまたタイムリープしたんだよ。
何度タイムリープしても、彼女は殺された。
幼い頃に出会った魔物の子供が原因かと思ったら、その子と出会わせないと、エルフ王国自体が魔物に襲われる運命に変わったんだよ。
未来は選べるようで、選べなかった。枝分かれする運命のどれを選んでも、必ず彼女は犠牲になった。
だから僕は、しぶしぶその子と彼女を出会わせて、その子を人間国に放り捨てたんだよ。
僕はタイムリープを繰り返した。
13回目のタイムリープで、僕は彼女との契約をしない事にしたんだよ。
彼女の殺害に加担したエルフと契約したんだ。彼女を殺させない為にね。辛かったけど、それが最善だと思ったんだ。
でも彼女は死んでしまった。自ら滝に飛び込んでね。
霧に煙る滝の向こうへ、小さな背中が消えていった。
僕はタイムリープしなかった。
ああ、役目は終わったんだな……そう思ったんだよ。
でもね……しばらくして、彼女が現れたんだよ。
漆黒……まさに漆黒だった……
彼女はエルフ王国を壊滅させてしまったんだよ。とても悲しそうな顔で、僕と契約したエルフを殺したんだよ。
「R.I.P」と、唱えながらね。そして彼女自身も、エルフ王国と共に、自ら命を……
僕はタイムリープした。
14回目のタイムリープは、彼女と共に滝に飛び込むことにしたんだ。
そこは、カラカラにひび割れた大地だったよ。
ブラックドラゴンと、人間が居たんだよ。
焼けつくような陽差しの下、彼女は笑っていた。心から、楽しそうに。
僕はね、その顔を見たら、無理してハイエルフになんかならなくてもいいと思ったんだ。
でもね、いつも、どう足掻いても彼女は悲しい結末を迎えたんだ。
14回目の時は、人間との子供を宿して、人間を殺してしまった。
15回目の時は、ブラックドラゴンの暴走によって殺されてしまった。
16回目の時は、結界を通り抜けた人間たちに殺されてしまった。
17回目の時も、ブラックドラゴンに殺されてしまった。
18回目の時も、ブラックドラゴンが彼女を殺した。
その全部で僕は彼女と契約をしたし、その全部で、僕は彼女の幸せを願った。
19回目……僕は大きな賭けに出るんだよ。
今度の僕はね、彼女だけではなく、封印された大地そのものと契約するんだよ。
封印された大地には、聖霊王は入って来られないからね。僕が聖霊王の代わりをするんだ。
封印された大地にユグドラシルを根付かせるんだよ。
精霊王の逆鱗に触れる暴挙だけど、彼女を幸せにする為には、仕方ない事なんだよ。
だって……その為にはブラックドラゴンを葬り去るしかないんだから。