第百十四話 妾は楽しく生きておるのじゃ!
英太たちが旅立ってから、一ヶ月が経とうとしておった。今回の一ヶ月は、慌ただしく過ぎ去った。新たな友達と、国を創り上げるという楽しみに満ちたひと月じゃった。
そんな中、楽しくない事が起こった。
病じゃ。
宿屋のリーナが病に伏せてしまったのじゃ。
昨日まで平気な顔をしておったのに、急に吐き気を催して、寝込んでしまったのじゃ。
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「どうするのじゃ? ギルマス、なんとかならぬのか? アドちゃん、なんとかならぬのか?」
「マリィが診てるから、いい加減落ち着け」
「だよ。ちょっと具合悪いだけで慌てすぎなんだよ」
「そうは言ってもだな……妾の統べる国で病が発症するとは……毒キノコの影響かのぅ」
「風評被害だよ! マナファンガスのお陰で魔素が増えたっていうのに……恩知らずな王様だよっ!」
アドちゃんが急に暴れ出しよった。此奴は癇癪持ちじゃのぅ。
「喧嘩すんなよ。とにかくマリィを待て」
「何を騒いでいるんですか。リーナさん眠れないでしょう」
ようやくマリィが戻って来よった。
「原因はわかったのか? マナファンガスの影響ではないのか?」
「違います。落ち着いて聞いてね……リーナさん、妊娠したみたいなの」
「妊娠……」
「本当か?」
「私も医療は専門じゃないけど、妊娠経験者ではあるから。たぶんそうだと思う」
「そりゃめでたいけど……そうか……」
ギルマスとマリィは寂しそうに笑っていた。どうやら、お腹の子の父親は死んでしまっているようじゃった。
「リーナさんには伝えたのか?」
「本人もそうじゃないかって言ってた。まだわからないから、安静にしてて貰わないとね」
「リーナのところに行ってもよいか?」
妾の言葉に、ギルマスは焦った素ぶりを見せる。
「いいけどよ……あんまり無茶はさせるなよ」
「させぬ。ただ話したいだけじゃ」
妾は一人、リーナの部屋へと向かった。
「リーナ、体調はどうじゃ?」
「グゥインちゃん、おかげさまで。マリィさんが魔法をかけてくれたから」
《状態異常回復魔法》かのぅ? さすがはマリィじゃ。
「子が出来たかもしれぬのじゃろう?」
「……うん。そうかもしれないって」
「皆、喜んで良いのかどうか迷っておった。妾は喜びたい。安静にして、元気な子を産んで欲しい」
「私に出来るかなぁ」
「其方なら出来る。この妾の友達なのじゃ、自信を持つが良い」
「本当に、可愛い王様ね」
「ふむ、可愛いは苦手じゃ」
「そうなの? どうして?」
「妾は雄でも雌でも無いからの」
「あら、そうだったの? 当然のように女の子だとばかり思ってたわ」
「じゃから、妾は子を孕む事が出来ぬ。ツバサという子はおるが、彼奴は英太やサーシャ、みんなで生み出した人造ドラゴンじゃ」
「そうだったのね」
妾はリーナのお腹を撫でた。
「其方はデベロ・ドラゴで初めて産まれる人族の赤子じゃ……会えるのを楽しみにしておるぞ」
「……ありがとう」
「王命じゃ! リーナ、ゆっくり眠れ!」
妾はリーナが眠りに就くまで、隣のベッドで寝転ぶ事にした。眠れぬだろうが、目を閉じて呼吸をする。しばらくすると、リーナの寝息が聞こえてきた。
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ギルマスたちの元に戻った妾は、リーナの番が何故死んでしまったのか、その理由を聞いた。
アラミナという街で起こった人間国の諍い。
悪いのは、暴動を起こした野盗たちではあるのじゃが、それを起こすきっかけを作ったのは、ギルマスであり、英太でもあった。
……つまり、発端は妾なのじゃ。
「いずれは起こった事だよ」
ギルマスたちは否定したが、妾が英太たちを外の世界に出立させなければ、リーナの番が死ぬ事は無かった。
妾は……久しぶりに一人になりたくなった。
アドちゃんと共にツバサを見舞った後、2ヶ月ぶりに秘密の巣に向かった。
以前とは違い、マナファンガスに占領された巣を掃除する。不気味なキノコじゃが、妾たちに魔素を供給してくれる大事なキノコじゃ。なるべくそのままにしておこう。
ひとりぼっちで過ごして来た1,000年間とは大違いじゃ。ゴーレムたち、アドちゃん、ギルマス一家にリーナ、黒竜の牙たち……皆と共に過ごす毎日が楽しゅうて仕方がない。
英太がもたらしてくれたものじゃ。サーシャも、ゴレミも、よく頑張ってくれた。
しかし、楽しければ楽しい程に考えてしまうのじゃ。妾は邪神なのじゃ。確定はしておらぬが、限りなくクロなのじゃ……
外の世界と繋がった時、妾を消し去ろうとする者も現れるやもしれぬ。
……そ奴らとの争いが起こったら、国民に危険が及ぶ可能性もある……じゃからゴーレムを鍛えておる。彼奴らは、妾の為に命を張ってくれるじゃろう。妾だって同様じゃ……国民の為にならば、この命……捨てても構わぬ……
「そんなことを言うたら、英太は怒るかの……」
彼奴の前では口には出来ぬな。
妾は産まれた時から邪神だったのじゃろうか? それとも、邪神になってしまったのじゃろうか?
わからぬ。
覚えておらぬ。
怖いのぅ……
この楽しい時間が、妾のせいで失われてしまうのが……本当に怖いのじゃ。
泣いてしまいそうじゃ、炎を吹いてしまいそうじゃ。
王として強くあらねばならぬのに、なんたることじゃろうか。
その時……微かに音が聞こえた。
何者かがこちらに駆け寄ってくる音じゃ。そこからは二つの大きな魔力が発されておった。これだけの魔力を放つのは、ルーフしかおるまい。そして、もうひとつは……
「グゥインー!! 何処行ったのー!? グゥインー!?」
マリヤじゃ。彼奴は妾の捜索にかこつけて、ルーフに乗って遊んでおるのじゃろう。やれやれ、困った勇者様じゃのぅ……
「ここじゃ! マリヤよ、騒ぐでない」
「グゥイン!」
マリヤはルーフの背に立ち、妾の巣まで跳んで来よった。なんたる跳躍力じゃ。
「グゥイン、心配したんだよ。みんな心配してるよ」
「心配をかける様なことはしておらぬぞ」
「何でもかんでも自分のせいにしないの! グゥインは邪神じゃないし、邪神だったとしても良い邪神だよ! 私は知ってるよ! 友達だもん!」
矢継ぎ早に捲し立てよってからに……
「妾が邪神かも知れぬ事、其方らは知っていたのか?」
「知ってたよ。ここに来る前に英太が説明してくれたもん。大人だけじゃなくて、私にもちゃんと説明してくれたもん。みんな、英太を信じてここに来たんだし、今はグゥインを信じてるよ」
「……そうか、英太の奴はちゃんとしておるのぅ」
「我は説明を受けていない。英太は我を適当に扱っていたのだな!」
ルーフは余計な事を言いよるな。
「其方なら言わなくても平気じゃろ? どうせサーシャがいれば何でも良いと言ったのじゃろう」
「その通りだ!」
「グゥイン、帰ろう。みんな待ってるよ。グゥインが帰ってくるまでご飯食べないつもりだよ。私、お腹ペコペコだよ」
「わかったわかった。しっかり捕まるが良い」
妾はルーフとマリヤを抱えて、空高く飛んだ。マリィの作る晩御飯を食べる為に、帰宅するのじゃ。
ああ、妾は今日も楽しく生きておる。