第百十一話 妾は話を聞きたいのじゃ!
「こっちのスライムがアイラだよな? で、コボルトがリンガーだな」
ギルマスは目覚めた魔物たちを妾に紹介した。もう一人の、オークの魔物はまだ眠っているようじゃった。
とはいえ、目覚めた魔物もまだぼうっとしており、状態異常のようになっておる。
「デベロ・ドラゴの王、グゥイン・鏑木じゃ! 宜しく頼む!」
「……アイラ。魔法使いです」
「リンガーです。僧侶です」
「ほう、魔物なのに僧侶であるか? 人間国の教会は懐が広いのぅ」
妾の言葉に、マリィが苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「お前たち、もうちょっと眠っておけ。また後でゆっくりご挨拶だ」
「牙さんたち、大丈夫?」
「大丈夫だ。マリヤも寝起きはこんなんだぞ」
ギルマスが二人を抱えて、宿へと連れていく。トコトコと着いていくマリヤの姿は可愛らしかった。母のマリィは、家族以外のものに心を向けていた。
「教会は問題あり過ぎです。あの子が僧侶になったのも、実験のようなものです。まぁ、それで済んだのも偶々悪くない貴族の奴隷になれたからですが」
「ふむ、人間国にも問題は多いのじゃな」
「神の名前と力を謳って、権力と財力を得ていました。これ以上得られるものが無い程に膨れ上がった貴族たちの腹を満たすのは、生命を自由に弄ぶという全能感だったのです」
「魔物に聖なる魔法を覚えさせるという事も、その一つということか」
「拒否反応が出たら、最悪の場合は死んでしまいますからね。彼女の場合は、種族的にも気質的にも適合したんでしょう」
「許しがたいのぅ」
「いえ、彼女の受けた仕打ちはかなりマシな方です。それ以上に許しがたい事が平然と横行しています。それなのに、私は逃げて……」
「デベロ・ドラゴに来た事を後悔しておるのか?」
「していませんよ。私が守りたいものは、世界より家族ですから……それに、ここでの生活はかなり楽しいです」
「マリィよ! 妾のツボをわかっておるな!」
妾はマリィに抱きついた。妾はこうして貰うと嬉しい。だからマリィにもしてやるのじゃ! もちもちがあると更に心地よいのじゃが、それは勘弁してもらおう。妾は雄でも雌でも無いのじゃ!
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その日の夜に、もう一人の魔物も目覚め、翌日の朝には全員が正気を取り戻しておった。三人の魔物は、改めて妾に謁見を求めた。
「ラブラン、リンガー、アイラよ! 其方らに、妾の友達になる事を命ずる!!」
妾の威風堂々とした姿に、三人は言葉を失っておった。見かねたギルマスが、妾の意図を補足する。
「王様は上下関係を好まないんだ。名前にも様は付けなくていい。グゥインでいいそうだ」
「でも、レミさんはグゥインさまって……」
「おぉ、其方がゴレミを好いているというラブランか! ラブランよ、ゴレミたちゴーレムは妾の配下じゃ。彼奴らと其方らは違う。仲良くしてくれ」
「……はい」
呆気に取られているラブランに、ギルマスが補足しよった。
「ちなみにだが、グゥインはあのルーフよりも強いし、ルーフを含めた国民が全員で立ち向かったとしても千回に一回も勝てないくらい強いぞ」
「それは、なんとなく分かるよ。グゥインから発されてる瘴気、魔王が出してた魔力の比じゃないもん」アイラが言った。
「じゃあ、宜しくお願いします。グゥイン」リンガーが手を差し伸ばす。
妾たちは固い握手をした。今夜は三人の快気祝いじゃ! 英太たちが旅立って以来の宴を開催する事にした。
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リーナの宿屋に貯めてあった酒も、残り僅かとなっていたようじゃが、ここは在庫の吐き出しどころじゃろう。
「英太さんにはお酒のことを話してあるから、沢山仕入れてくれるでしょう。たーんと飲んでくださいね。お代は英太さん持ちですから遠慮なく!」
「うむ、飲むがよい! 皆の者、かんぱいじゃっ!」
妾たちはコップを叩きつけ合った。魔物たちは酒を好んでいるようじゃったが、酒に対する耐性を持ち合わせていないようじゃった。
ラブランはすぐに顔を真っ赤にし、ゴレミの素晴らしさを熱く語っておった。ゴレミは可愛い奴じゃからな、好いてしまうのもわかるぞ。
アイラとリンガーも、妾にくびったけのようじゃ。サーシャから妾の話を聞いておって、妾に会いたくて仕方なかったらしい。
しかし、此奴ら、英太の話はあまりせぬのぅ?
「其方らは、英太とはあまり話をしておらなんだのか?」
「英太はいつもタルトと真面目な話をしてたからね」
「私たちはサーシャとガールズトーク。ラブランはレミちゃんに好き好きアピールして、ひらひらかわされてた」
「いや、レミさんはちゃんと受け止めて、考えてくれていたよ」
「で、好きになってくれそうだったの?」
「まだ全くだよ!」
爆笑するアイラ。リンガーも楽しそうじゃ。
「タルトとやらはここに来なんだのか?」
アイラとリンガーは、困ったようにラブランに視線を送っていた。
「タルトは、やらなきゃいけない事があるって……ギルマス、その件に関しては……もう知ってるの?」ラブランが言った。
「ん? あらかたな。人間国でやろうとしてた事は、多分無事に達成していたぞ」
三人は、ホッとしたような、残念そうな顔を覗かせた。
「うむ、詳しく聞きたいところじゃが、今宵は阿呆になって楽しんで欲しい。王命じゃ、英太やサーシャ、ゴレミの話を聞かせて賜れ! おっと、ラブランはゴレミの話禁止じゃ、同じ事を話すだけで聞き応えが無いからの」
ゴレミの話を禁止されたラブランは、酒を飲む機械のようになり、いつの間にか眠っておった。
妾はアイラとリンガーから、英太たちの話を聞いていく。
「英太は真面目ぶってるけど、どこか抜けてるよね」
「抜けてるというか、常識がない感じ」
随分と辛辣な言われようじゃが、英太も外の世界の事はからっきしじゃったからな。彼奴はヒノモト出身じゃったか……? いや、違うと言っておったかのぅ?
「英太って、絶対サーシャの事好きだよね」
アイラの発言は聞き捨てならなかった。
「そう見えるのか? 妾はゴレミに、英太とサーシャが番になる為に動くように指示したのじゃが、二人はそうはならなかったようじゃぞ」
「うーん……でもね、私たちから見て、二人は二人ともお互いの事を好きに見えたよ」
「なにっ!? サーシャもか? その気は無いと言っておったぞ」
サーシャは英太の番にはなれぬと言っておった。きっと此奴らの勘違いじゃろう。
「サーシャは恋をした事が無いんだって。ハイエルフの仕来たりなのかは分からないけど、好きって感覚がわからないみたいだった。だから、ラブランの事を見せて『あんな感じ』って言ったんだけど、よくわからなかったみたい」
「英太は……なんていうか、カッコつけてた。怖かったんじゃない? フラれるの怖がってて、サーシャへの想いに蓋してる感じ?」
「ほー。興味深いのぅ」
ゴレミからも報告は受けておったが、ゴレミ自身も恋に関しては知らぬ事ばかりじゃろう。機微まで報告出来ぬとも仕方あるまい。
「英太、しっかりタルトに嫉妬してたもんね」
「そうそう。タルトとサーシャが近づくと、見てないふりして横目で観察してた」
「では、そのタルトとやらが、サーシャの番になりそうだったのか?」
「ならないよ。タルトは……」
「アイラ」
アイラが何かを言いかけたのを、リンガーが止めた。タルトとやらに口止めでもされてあるのじゃろう。
「あいわかった。まぁ、彼奴らを番にせねばならなかったのは、デベロ・ドラゴに彼奴らしか雄と雌がおらぬかったからじゃ。今はめす……ではないな。女性も増えたし、これからは更に増えるじゃろう。其方らのどちらかが英太の番になるかもしれぬしな」
妾はふざけたつもりは無いのじゃが、アイラとリンガーは何故か爆笑しておった。英太と番になる事があり得な過ぎておかしいらしい。
英太よ、其方は妾が思っている以上に男としての魅力に欠けるようじゃな。