第百九話 妾は勇者を救うのじゃ!
目を血走らせたマリィを抱いて、ダンジョンへと飛んだ。マリィは事態の責任者であるルーフを抱いている。
「マリィよ、三匹もウルフが居れば、低層階くらいなら心配ないぞ」ルーフは悪びれずに言った。
「回復手段が無いでしょ? 毒にかかったらどうするの?」マリィは覇気そのままに言い返す。
「……うむ、死ぬな」
「簡単に言わないで」
「しかし、設定を変えたのだぞ。ダンジョン内で死んでも復活する。何も問題ないであろう」
「その設定変更の検証もしていないのに、信じて娘を死なせる親はいない」
マリィの気持ちは痛いほどに理解出来た。フェンリルめ、まだまだじゃな。
10分程でダンジョンに到着した。
ルーフは「ウォーーーン」と、雄叫びを挙げた。声に反応するものは無い。
「どうやら、ダンジョンに入っているのは間違い無いようだな」
「探すしかないが、何処まで行っているのかのぅ……」
「階層毎に我が雄叫びをあげる。そこで反応が無ければ次の階層に進めばいい」
ダンジョンに入ろうとした妾たちを、ダンジョンの結界が阻んだ。
「どういう事じゃ?」
「……最悪……パーティーの解散をしていないから、主人がいないと入れない」
妾がパーティーに入れなかった『竜狼の導き』じゃ。ギルマスとマリィとルーフのパーティーで登録したままになっておる。
「ギルマス抜きでは解散出来ぬのか?」
「このダンジョンはそういう設定みたい」
「すぐに第五区画に向かうか?」
妾の翼で急げば10分で行ける。帰りは転移魔法を使えば良い。
「駄目……一刻を争う。グゥインちゃん、ダンジョンに入れる? 先にマリヤを探してくれない?」
「なんじゃと?」
確かに妾だけなら入る事が可能じゃ。
「私とルーフは主人を探してから追いかける。グゥインがマリヤを見つけて行き違いになればそれでいいし、とにかく早くあの子と誰かを合流させたい」
「あいわかった! 妾に任せよ!」
妾の言葉に感謝を述べたマリィは、ルーフの背に乗って駆け出して行った。
妾は一人、ダンジョンへと足を踏み出す。
不謹慎ながらもワクワクしておった。マリヤを救い出す為にダンジョンを登るなど、これ以上無いシチュエーションじゃ。
一階層……妾の前にも魔物が現れよった。ただの兎じゃ、あまりにも弱い。妾は兎を蹴散らして、マリヤを読んだ。
「マリヤーーー! おるかーー!?」
うむ、返事は聞こえぬ。ここは急いで上の階層に向かわねばならぬな。
妾は出てくる魔物を弾き飛ばしながら、次の階層への階段を探した。二階層でも、三階層でもそれを繰り返す。
おらぬ。マリヤはおらぬ。ウルフたちが着いておるのじゃから、これくらいは余裕じゃろう。進むしかあるまい。
次も、次も、その次も同様じゃった。そうこうしているうちに、10階層のフロアボスが登場した。
ごくごく普通のオークじゃった。妾ならば小指で倒せる……ウルフたちも余裕じゃろう。
「これは、先が長いかもしれぬな」
ウルフ一匹の強さはこのオーク10匹ぶんじゃ。とすると、30階層くらいまでなら普通にクリア出来るじゃろう。追い越しても構わぬ勢いで30階層まで進むべきか?
いや、慎重に安全に……じゃな。どう進んでも差は縮む。敵は段階的に強くなるのじゃから、苦戦はしても瞬殺される事は無いじゃろう。
妾は同様の手順を踏んで、丁寧にダンジョンを進んだ。30階層にも、40階層にもマリヤはおらなんだ。目の前にはフロアボス攻略後に現れる転移魔法陣がある。
マリヤは頭が良い。ウルフたちの力を把握して、適切な階層でダンジョンを出たのやもしれぬ。
「……念の為、進むかのぅ」
50階層を超えた辺りから魔物の毛色が変わって来た。回復手段の無いウルフたちでは、ここいら辺が限界の筈じゃが……
60階層のボスはダークスライムじゃった。
勝てぬ……ウルフ三匹では絶対に勝てぬぞ。ここまででダンジョンを出ているか、ここまでで死んでダンジョンの外に弾き出されているか……中にいる可能性は限りなく少ない。
死なせる事はしたくないが、既に死んで復活しているならば仕方ない。自ら戻ってくれておればそれでよい。マリィに死ぬほど怒られるじゃろうが、自業自得じゃ。
戻っても良かったが、せっかくなのでダンジョン攻略を進める事にした。万が一という事もあろうからの。70階層は攻城戦じゃ。城を攻め落とすのは少し楽しめそうでもある。
70階層のフロアボスは死霊皇帝。落とすべきは死霊たちの城のようじゃった。本気を出せば炎で瞬殺じゃったが、そんな無粋な事はせぬ。
……というか、出来んかった。城の中から尋常ではない戦闘音が聞こえたのじゃ。
「せいやー!!」
妾が王の間に辿り着いたその時、漆黒の剣を振り回す5歳児、勇者マリヤが死霊皇帝の首を叩き切った。
「勇者マリヤの勝利よ!!」
「マリヤ!」
「あ、グゥイン! どうしたの?」
「どうしたのではないだろう? マリィが心配しておったぞ」
「ママ? ママたちを呼びに来たんだけど」
此奴……その設定で押し切ろうとしておるな。
「無理じゃ、既にマリィは妾でもたじろぐような覇気を発しておった」
「……また叱られる?」
「当然じゃ。ウルフたちはどうした?」
「危ないから、隠れてて貰った」
瓦礫の影から三匹のウルフたちが顔を出した。
「ということは、マリヤが単独で城を落としたというのか?」
「うん。そうだよ」
「怪我は無いのか?」
「したけど、回復した」
「其方は回復魔法は使えぬと聞いたが?」
「ママのを見てたから。ダンジョン攻略しているうちに使えるようになったみたい」
なんともまぁ……
単独での70階層攻略とはのぅ……
「ねぇグゥイン、王様の力でママに怒られないように出来ない?」
「無理じゃ。もう怒っておったからの。怒りを最小限にする為には、早めの帰宅が最善じゃろう」
「ダンジョンに入らずに、お外で遊んでたって事には出来ないかな?」
「騙し切れるとは思えぬぞ。ならば最初から本当の事を言う方がよいじゃろう」
「わかった」
「懸命じゃ」
妾はマリヤとウルフを連れて、転移魔法陣へと足を進めた。転移先した先はダンジョン入り口。そこには測ったかのようにギルマスとマリィの姿があった。
マリィはマリヤの頬を叩き、マリヤを抱きしめて泣き崩れた。その姿を目の当たりにしたマリヤも、マリィ以上にわんわんと泣いた。
強くても、やはり子供じゃのぅ……妾はツバサを思い出さずにはいられなかった。
泣いている二人に向かって、魔力が飛ぶ気配がした。ギルマスじゃ。ギルマスは何かを確認して、天を仰いだ。そして妾の手を取って、マリィたちから距離を取る。
「なんじゃ? どうしたのじゃ?」
「マリヤ、何処で発見した?」
「フロアボスとの交戦中じゃった」
「40? 50? ……まさか、60階層か?」
「70階層じゃ」
「まじかよ……でもそりゃそうだよな」
「なんじゃ? 鑑定で変なものを発見したのか?」
「ああ、いくらウルフの力を借りたとはいえ、5歳児がこのダンジョンの70階層をクリアするなんてあり得ないだろ……案の定それなりの能力に成長してやがった」
実際にはウルフの力など借りてはおらなんだがの。
「それなりとは?」
「俺よりは弱い。でも、マリヤが二人居たら俺も危うい。それくらいだ」
「ギルマスは世界で4番目に強いのじゃろ? マリヤもゴレミに匹敵すると言うのか?」
「俺が最後に鑑定したゴレミ嬢だったらな……つうか、俺が世界4位だって?」
「うむ、ルーフが言っておった。妾、ルーフ、魔王、ギルマス、六人の勇者という順番じゃと」
「流石はフェンリル様だな。まだそこに割り込む程じゃないが、マリヤはまだ5歳だぞ。どんどん強くなっちまう」
「良い事ではないのか?」
「精神が未熟なガキが強くなるってのは、良いことばかりじゃねーだろ?」
「うむ、心当たりはあるな」
ツバサもそうじゃ。子供は加減を知らぬ。
「しかも、マリヤはレベル上限に到達してねえし、する気配も無かった。ダンジョンなんか行かせたらすぐに俺も超えちまうよ」
「それは、対策せねばならぬな」
妾は母の胸で泣き崩れる少女に目をやった。
こうして、ダンジョンに新たな特殊ルールが追加された。ダンジョン運営開始前から、ダンジョンの出禁者リストに『マリヤ・トクガワ』の名前が加えられた。