第十一話 孤独なドラゴンスレイヤー
目が覚めた。そこは土埃が舞う死の大地。俺とブラックドラゴン以外の生命が存在しない大地。
「……グウィン?」
呼びかけても、返事はない。
世界は静かで、ゴーレムたちは黙々と作業を続けている。
しかし、グウィンの姿はない。彼女の存在だけが、まるごと世界から抜け落ちてしまったようだった。
「……何やってんだ、俺……」
何もする気が起きず、ゴーレムの動く姿をぼんやりと眺めていた。ゴーレムたちは地道に土地を整備している。
リーダーゴーレムが俺の家から出てくるのが見えた。血まみれで、手にはドラゴンソードが握られている。
「なにしてんだよ……何してんだよ!!」
俺は思わずリーダーゴーレムに詰め寄った。リーダーゴーレムを口汚く罵ってしまったかもしれない。追い詰められた時、辛い時に人間の本性が出るのなら、俺は最低の人間だ。
「カイタイ、テンピボシ、グウィンサマカラノメイレイ、ホゾンショク、エイタサマイキルタメヒツヨウ」
リーダーゴーレムの動きはグウィンの指示だったようだ。死の前に切り落としたグウィンの尻尾が塵になる事は無かった。既に肉体ではないという判定だったのだろう。尻尾は既に解体され、いつも通りに保存食にする準備が出来ているようだ。
「グウィンサマカラ、エイタサマノコト、タノマレタ」
「……なんて?」
「ハラヘッタラ、クワセロ、ハラヘッテナクテモ、クワセロ」
ブラック労働ドラゴンめ……
「腹減ったなぁ……」
リーダーゴーレムはスッと干し肉を差し出した。
「タベマスカ」
俺に喰わせる為に、俺を死なせない為にリーダーゴーレムに干し肉を持たせているなんて、なんて用意周到な奴だ。
「いや、まだいいや」
しかし、今はグウィンの肉を食べたくは無かった。散々食べてきたくせに、口にしたらグウィンの死を認めてしまうような気がしてきたのだ。
ステータス画面も開きたくなかった。レベルは上がっているだろう。スキルスロットも増えているだろう。称号だって手にしている。
何もしたくない。情けない。弱い、弱すぎる。
今日は何もしないで過ごす事にした。
それから数日が経過した。必要最低限の干し肉は食べていたが、あんなに旨味の詰まっていたドラゴン肉からは味が消え失せている。
やがて、魔力が尽きたのか、一体目のゴーレムが動きを止めた。二体目、三体目、次々に機能を止めていくゴーレムたち。俺はリーダーゴーレムに指示をして、残りのゴーレムたちにゴーレムハウスでの待機を指示した。
「ミンナ、オウチモドッテ、チョットオヤスミ」
ちょっとのおやすみ。グウィンが居ない今、魔力を込める事は……そうか……出来るかもしれないのか……レベルも上がっているし、スキルスロットも増えている。
「いつまでも、このままじゃダメだよな……」
空に向かって語りかける。ブラックドラゴンの魔力が消えたからだろうか? 灰色の空が少しだけ青く見えた。
『死の大地』は静寂に包まれていた。
俺はグウィンのおかげで手に入れた能力と向き合う事にした。
「ステータスオープン」
ステータス
名前:鏑木英太
年齢 : 15
職業:デベロッパー
称号:ドラゴンスレイヤー
レベル:99
HP:6800/6800
MP:7200/7200
ユニークスキル
•創造
スキルスロット
1.全属性魔法
2.言語理解
3.
4.
5.
6.
混濁した意識の中で聞いた「称号を獲得しました」の音声。『ドラゴンスレイヤー』という誉高い称号が、しっかりとステータスに刻まれていた。
そっ閉じしたかったが、ここで逃げる訳にはいかない。ステータスの確認を続ける。
レベルは99まで上がっていた。これがこの世界のレベル上限なのだろうか? そうだとすると、ブラックドラゴンを討伐した経験値は相当な物だろう。
HPとMPは比べ物にならない程に増えていた。スキルスロットは6つ。思ったよりも少なく感じたが、スキルをクリエイト出来るというチートさを考えれば必要充分とも言える。
スキルは精査してから増やさないといけない。候補としては「鑑定」や「アイテムボックス」がある。定番のチートスキルだが、現状の死の大陸では使い所が無いに等しい。
「じっくり考えよう」
最初にする事は決まっていた。
「《クリエイト》」
ゴーレムたちが俺の為に確保してくれていた、上質な土。以前の俺なら扱い切れないような大量の素材を使って土の像を作り上げていく。石像よりも強固で、朽ちることのない象徴を作り上げるのだ。
くそっ……気持ちを入れた筈なのに涙が溢れてくる。何度も手を震わせ、崩れた箇所を修復し、涙を拭いながら魔力を注ぎ込んだ。
そうして完成したのは、二つの像だった。猛々しくも神々しい漆黒のドラゴン。そして、その傍で偉そうに腕を組むドラゴンの角を持つ少女。今にも「高貴な妾を崇め奉れ!」なんて声が聞こえて来そうだった。
これは墓石だ。
俺が先に進む為には、グウィンの死を受け入れる事が必要だ。その為に、俺はグウィンの墓を作ったのだ。けど……まだ踏ん切りをつける事は難しかった。
涙が溢れて止まらない。
乾いた大地にシミをつけては、消えていく。悲しみは消える事なく増大していくのに。
「グウィン」
少女の像に手を伸ばす。
「なあグウィン……お前がいないと、俺は何もできないんだよ……」
土像を抱きしめながら、俺は呟いた。
「グウィン……」
その時——
「何をしておるのじゃ、英太」
背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
「グウィン?」
振り返ると、そこには本当にグウィンがいた。
少し呆れた顔で腕を組み、立っている。
「……グウィン?」
「他に誰に見える? この高貴さは世界で唯一無二じゃろう」
「馬鹿! 俺はお前しか知らないんだよ!」
土の像ではなく、本物のグウィンを抱きしめた。強く強く力を込める。もう何処にも行かせないように。
「ふふん、レベルが上がっても貧弱じゃのう……まあ、魔力はそれなりに伸びたようじゃな……この記念碑は妾なのじゃろう?」
「記念碑? 墓のつもりで作ったんだけど」
「なんと? 言ったじゃろう、すぐに復活すると」
「は? 聞いてないけど」
「しばしの別れじゃと伝えた筈じゃがな」
「死んで無かったのか?」
「いや、死んではおった。しかしな、妾は死んでもすぐに復活するのじゃ。そうじゃったな、一週間か」
その笑顔に、俺は涙が止まらなかった。
「バカ野郎……!」
「ふふん、雫を垂らすな。妾はここにおるぞ。一人では何も出来ない友達よ」