第百話 妾はツバサの親なのじゃ!
青い空の下、妾は優雅に羽ばたいておった。
風は心地よく頬を撫で、まるで妾と世界が一体化したかのように感じておったのじゃ。
やがて目的地となる大地に到着した。眼下に広がるのは数万……いや、数十万の膨大な兵士の姿じゃった。
妾がおったのは外の世界じゃ……本来の姿ではあるが、今より一回りも二回りも小さい……ちょうどツバサと同じくらいの大きさで……数十万もの軍勢を相手に、たった一人で激しい戦闘を繰り広げておった。
しかし、数の力は強大じゃった。
倒せども倒せども終わらぬ、長い長い戦闘……兵どもは狡猾に連携を取り、妾の弱点を突いて来よった。
彼奴らは回復をしながら、何度でも立ち上がった。
やがて妾は……討ち取られてしまった……
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ツバサの亡骸を抱えながら、妾は再び眠りについておった。
目が覚めた時には覚えておったのじゃが、もう夢の内容は忘れてしまっておった。ツバサよ……きっとそなたの夢を見ていたのであろうな。
ゆっくりもしておられぬ。ツバサの亡骸を葬らねばならぬからのぅ……
ツバサの亡骸に手をやった。心音は消えておるが、体温は感じられる。それはそうじゃ……妾が抱きしめておったからの。
「アドちゃんよ、おるのじゃろ?」
「二人だけにしておこうと思ったんだよ」
「ツバサの墓を作る……力を貸してくれぬか?」
「ねぇグゥイン……ツバサをユグドラシルのところに連れて行くんだよ」
「そうじゃの……彼奴が産まれたのは、ユグドラシルのおかげじゃからな……ユグドラシルの元に眠らせてやるのがスジかもしれぬな」
「違うよ。ツバサを埋めたりしないよ。ユグドラシルの元で保管するんだよ」
「どういうことじゃ?」
「仮死状態とは違うけど、それに似た状態だと思うんだよ。とにかく復活出来ると思うんだよ」
「ホムンクルスだからか?」
「ちょっと違うんだよ。でも僕にはわかる……ツバサの魂は、まだその身体の中にあるよ」
「そうか……可能性があるなら、賭けねばならぬな」
そこで、魔素の事を思い出した。
「ツバサが死んでから、魔素の減りはどうなったのじゃ?」
「ぴたりと止まった。元の状態に戻ったよ」
「そうか……」
妾はツバサをユグドラシルの大樹の元へと運んだ。アドちゃんに言われるがまま、妾はツバサをユグドラシルの大樹にもたれかけるように寝かせる。
「グゥイン、ツバサが産まれた時の事を覚えているんだよ?」
「うむ、ユグドラシルの大樹に魔力を捧げたな」
「その時と同じことをするんだよ。でも、捧げるんでも、返してもらうんでもない……繋げるんだよ」
アドちゃんの言っている事の全容が掴めぬままに、儀式が始まった。
アドちゃんが大樹と繋がると、妖精たちが光の粒子に変化して、ユグドラシルの大樹を包んだ。
ユグドラシルの根深く眠る力よ……
ナル・フィエル・サルヴァリオ……
いま、ひとたび目覚めよ……
アドちゃんはゆっくりと手を広げ、詠唱を続ける。
カリオス・レンティア・ヴィオル……
朽ちしものに新たな息吹を……
サンヴェラ・ノクト・イーゼ……
ツバサの亡骸が淡く光を帯び始めた。
イグニス・ファンダム・セラフィオ!
シルヴァ・ユグドラシリオン……
フィア・ルシェ・カトル!
大樹の幹が光を帯び、根が脈動した。光はどんどん強くなって、島全体に広がっていく。
そして一歳にツバサの亡骸に光が入り込み、またしても外に噴き出してゆく。
神聖さどころの話ではない……この妾ですら恐怖を感じる……これは……一体なんなのじゃ?
「親愛なるユグドラシルよ……この子の魂に試練を! そして願わくは……使命を与えよ!」
島に広がった光は、再びツバサに吸い込まれて行った。
その瞬間……光が弾けて静寂が訪れた。
目の前に居たツバサは、やはり死んでいた。
「……成功なんだよ」
「アドちゃんよ、どう言う意味じゃ? ツバサの生命は帰っておらぬぞ」
「生命を取り戻す事には成功していないんだよ。ドライアドとツバサを繋げる事に成功したって事だよ」
「それは……どうなるのじゃ?」
「ツバサは仮死状態ではなく、確実に死んでいたよ……でも、どうやったのかはわからないけど、魂を肉体に抑留させたまま死んでいるんだよ」
「妾には難解すぎるのぅ……ツバサはどうなるのじゃ?」
「蘇生魔法、ユグドラの神果……その他の条件が整えば生き返る事が出来る……その為にはツバサの肉体を腐らせずに保存しておかなければならない……それに成功した……と、思ったんだよ」
「したのではないのか?」
「だよ。でもね、ツバサの死には何か特殊な事が絡んでいるみたいなんだよ。ツバサは自ら死を選んだ。何かしらの条件が整うまで生き返らせるのは難しそうなんだよ」
「何かしらの条件……なんであろうか……」
「可能性が高いのが、魔素が島全体に行き渡る事だよ。これが無ければ死ぬ理由が無いからね……他の条件は想像もつかないよ。英太が戻ったら鑑定してもらうんだよ」
「可能性は残った……と言う事じゃな」
「だよ。高いのか低いのかも判別出来ないけどね」
「助かった。親として礼を言う」
「忘れてそうだけど、ツバサに生命を吹き込んだのは、僕とユグドラシルだからね。それはサーシャって事でもあるし」
「それを言ったら創造したのは英太じゃな……妾は……ただ似ているだけかもしれぬの」
「似ているどころの話じゃないんだよ。瓜二つなんだよ」
「……さて、ゴーレムたちを目覚めさせるかのぅ」
「切り替えが早いんだよ」
「妾はこの国の王じゃ! 国民全てが大事じゃでの……この阿呆に関しては、蘇ってからたっぷり抱きしめてやる事にする」
「随分素直なんだよ」
「此奴の判断が無ければ、この国は滅んでおった……親としては殴ってやりたいが、王としては感謝しておる」
「グゥインも成長中だよ」
「では、ツバサの事は頼んだぞ」
「あ、待つんだよ!」
「何じゃ?」
「今朝、炎吹いたんだよ?」
「それは、ツバサの事があった故に……悲しみの炎もいかんのか?」
「それとこれとは話が違うんだよ。悲しいと炎を吹くなんて、ドライアドの常識には無いんだよ」
「ぬぅ……受け入れ難いが、何を望むのじゃ?」
「ふふん、五分の盃なんだよ」
「なんじゃそれは?」
「お互いの立場が五分五分って事だよ」
「国王として受け入れられぬ!」
「大丈夫、国政には絡まないし、王様は英太とグゥインだから、僕が割り込もうとかいうつもりはないよ。これはグゥインとの個人間の口約束みたいなものだよ。これを約束する事によって、グゥインが面倒な事を言い出した時に役に立つってだけだよ」
「今とあまり変わらぬのか?」
「ゴーレムたちがグゥインの横暴に困った時に、助けてやれるんだよ」
「妾は横暴な態度など取らぬ」
「自覚を持たせる為にも、五分五分だよ」
「あいわかった!」
「もう一度確認だよ。あくまでも僕とグゥイン、個人間の話だよ」
妾が飛び立ったその時、アドちゃんはツバサの頭を撫でていた。
彼奴もツバサの親であったのだな……妾は呑気にもその様な事を考えておった。