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第九十九話 妾はツバサが好きなのじゃ!

「ママ、わらわ大きくなったよ!」


 目の前に現れた黒竜がツバサであると、すぐには気づけなんだ。その背丈は一晩にして3倍にも膨れ上がっておった。


 はしゃぐツバサとは対照的に、アドちゃんの表情は深刻じゃった。その理由には妾も勘付いておった。


「ツバサよ、ゴーレムたちに成長した姿を見せて来るのじゃ、暴れたら妾と決闘じゃぞ」


「そんな事はしないのじゃ! わらわは成長したのじゃ!」


 ツバサは意気揚々と飛んで行った。


「アドちゃんよ……ツバサが吸い込んだ魔素の量は……」


「多分だけど、ユグドラシルの大樹とトントンなんだよ」


「やはりそうか……」


「加護の力で急激に成長しちゃったんだよ。本来なら10年くらいかけてするべき成長を一晩でしたよ。マナファンガスがあって良かったよ」


「称号を取り消せば大丈夫か?」


「その筈だよ……でも、一度与えた称号は、与えられたものが拒んでいないと外せない事もあるよ」


「言うことを聞かせるしかなかろう」


「だよ。ツバサはきっと、500年後にはグゥインと同じくらいの大きさになるよ。それは、力を手にするって事でもあるんだよ。このペースだと、50日後にはグゥインと同じ力を手にする事になるんだよ」


「未熟な彼奴が、力を手にするのは……」


「脅威でしかないんだよ」


「言って聞かせる……妾は彼奴の親じゃからの」


☆★☆★☆★


「わかったよ! わらわの称号を外して良いのじゃ!」


 妾の言葉に、ツバサは素直に頷いた。ツバサは、朝に見た姿よりも少し大きくなっていた。


「すまぬな。ゆっくり、じっくり成長してゆけ」


「わかったのじゃ! 少し大きくなれただけでも嬉しいのじゃ!」


 妾はツバサの称号を奪った。確実に奪い取ったのじゃ……じゃが、次の日の朝……


「ママ、また大きくなったのじゃ!?」


 昨日に比べれば変化は少ない。しかし、既にツバサは人間形態の妾の倍ほどに成長していた。


「ママ、称号が無くなったのに、どうしてなのじゃ?」


「わからぬ……アドちゃんの元に向かおうぞ」


 妾とツバサは第五区画へと向かった。ツバサの放つ瘴気を感じ取ったアドちゃんは、真剣な眼差しで我らを出迎えた。


「ツバサ、また大きくなったんだよ」


「そうなのじゃ! 称号ではなく、わらわの実力での成長じゃ!」


「グゥイン、話して聞かせてもいいんだよ?」


「仕方あるまい」


 アドちゃんは、ツバサの成長によって、島の魔素が大幅に減った事を話して聞かせた。


「でも、わらわ……何もしてないよ……ねぇ、ママ、本当だよ!」


「わかっておる。原因と対処法……それと、魔素がどれくらい持つかの計算をし直さぬとな」


「原因は不明だよ。予想というか、こじつけでしかないけど、一度身体に刻まれたものは、しばらく残り続ける……って事かもしれないんだよ。ツバサ、成長を止めたい! って願い続けるんだよ。効果が無いとも限らないよ」


「あいわかった!」


 ツバサはそう言うと、ひとりでお祈りを始めた。


「対処法も無いんだよ。しいていうなら……」


 アドちゃんはツバサに視線を移した。神頼み……しかないと言うことか。


「このままのペースでツバサが成長すると、魔素はどれくらい持つのじゃ?」


「正確な数字はわからないから、あくまでも予想なんだよ。長く持って3ヶ月……最悪の場合は、1ヶ月持たないよ」


「英太たちが戻って来るまで持たぬということか?」


「その可能性は十分あるよ。身体が大きくなればなるほど、必要な魔素の量は増えるんだよ。倍々ゲームで増えていくよ」


 これは参った……国を発展させるどころでは無いではないか……


「対策は無いのか?」


「ツバサの成長が自然に止まるのが一番現実的だよ。それ以外の対策は、気休め程度だけど……やるしか無いんだよ」


 アドちゃんは、祈るツバサにユグドラシルの大樹の根本で大人しくしているようにと伝えた。ツバサが身体を動かす事自体が魔素を消費するという事じゃ。


 そしてもうひとつ、ツバサの瘴気が少しでもユグドラシルの栄養になるように……だという。


 同じ事がゴーレムたちにも言えた。ゴーレムたちの活動には魔素を消費しない。しかし、ゴーレムに魔力を送り込む行為には魔素が必要になる。つまり、妾が魔素を消費する事になるのじゃ。


「承知致しました」


 ゴーレムたちは全ての作業を中断し、ゴーレムハウスへと戻って行った。


 『死の大地』に、静寂が訪れた……


 英太と出会ってから、このような静寂を感じる事などなかった……妾のせいじゃ……妾がツバサに称号など与えねば……妾がツバサに魂など求めねば……妾は、なんと力の無い王なのであろうか……


「英太、妾はどうすれば良いのじゃ?」


「グゥイン、暇なら手伝うんだよ」


 アドちゃんが妾の前に現れた。


「何を手伝えばよい?」


「このキノコを、第一区画に撒くんだよ」


「それは……既に撒いてあるではないか」


「少し品種改良したんだよ。精霊王に見つかったら怒られるくらいのね」


「無理をさせるのぅ……」


「ほとんどユグドラシルのせいだからね。半分は僕たちのせいだよ」


「やれる事をやるだけじゃ」


 妾たちは、第一区画に改良種のキノコを撒いた。アドちゃん曰く、「とってもやべーキノコが、破壊的にやべーキノコになったんだよ」とのことじゃった。


 マナファンガスが発する魔素の量は、以前の10倍近くにはなるという。ツバサが一日で消耗する魔素が100とすれば、1は補えるようじゃった。相当な量じゃが、足しにもならぬ事は明白じゃった。


「グゥイン、最低最悪のプランがあるんだけど、聞いてくれるかな」


 アドちゃんの声は聞いたことが無い程に沈み切っていた。口にするであろうプランは、妾の頭の中にもあった。しかし、到底実行出来るものではない。


「言うな……其方の口から聞きたくはない。彼奴が悪さをしたのであれば、妾は親の責任として彼奴を殺めることを辞さぬ……しかし、それ以外で彼奴を傷付ける事など……妾には出来ぬ」


「だよ」


 妾たちは、ユグドラシルの大樹の元へと向かった。


 ツバサの身体は順調に大きくなり、3メートル程の大きさになっていた。妾はツバサの背に跨がり、帰路に着く事にした。


 本来ならばユグドラシルの大樹の元に置いておいた方が良いのじゃが、ツバサが家に帰りたがったのじゃ。アドちゃんは、「だよ」としか言わなんだ。


 ツバサが『死の大地』を見回している事に気がついた。ゴーレムたちが稼働していない事……それを自分のせいだと思っている事……痛い程に感じ取れた。


 その日の夜は、二人で一緒に眠る事にした。妾は眠れぬが、目を閉じる事は出来る。ツバサはいつも以上に甘えて来て、妾はツバサに抱かれたまま、これからの事を考えていた。


 移民を連れ帰った英太たちの前に広がる荒廃した大地。


 枯れたユグドラシルと、消滅したドライアド。


 そして、巨大化したツバサと妾の死体。


 そんなものを英太に見せてはならぬ。


「ねぇママ……」


「どうしたのじゃ? 眠ったとばかり思っていたぞ」

 

「眠いよ……でもね、わらわはママと話したかったのじゃ」


「なんじゃ?」


「ママのこと……いっぱい怒らせてごめんね。わらわは悪いブラックドラゴンじゃったね」


「そうじゃな。でも、反省して、いいブラックドラゴンになりつつあるぞ」


「わらわね、ちゃんとゴレミに謝ってないんだ。すまなかった、とは言ったけど、その時はすまないとは思ってなかったんだよ」


 生まれたてのツバサは凶暴じゃった。英太に強化される前のゴレミと無理矢理戦闘し、核だけを残して粉々にした事がある。


「ふん、ゴレミは妾の側近じゃ、細かい事は言わぬ」


「ちゃんと謝りたかったよ……謝って、わらわとも仲良くして欲しかった……わらわもね、ママとみんながしているみたいに友達として接したかったのじゃ……でも、ママみたいにうまく出来なかったのじゃ……」


「妾に出来る事はツバサにも出来る。手始めに、ゴレミが戻ったら謝ればよい」


 ツバサは返事をせんかった。謝れない、と思っておるのじゃろう……


「其方はまだ子供じゃ。少しずつせ……」


 ほんの僅かじゃが、成長、という言葉を使うのを躊躇ってしまった。しかし、親として子の成長を願わぬ者はおらぬ。


「ツバサよ、少しずつ成長してゆけ。妾はそなたが立派になる様を見続けたいぞ」


「ママ……愛してるよ」


「妾もじゃ」


☆★☆★☆★


 いつの間にか夢を見ておった。R.I.Pによる心地よい熟睡と似た感覚……眠れぬ妾が睡眠とは、気のせいかもしれぬ……


 夢の中……妾の目の前には自らの首を切り落とし、生き絶えるツバサの姿があった。


 なんと酷い……


 なんという悪夢じゃ……


 はよう目覚めたい……


 視界が開けた。夢から覚めた妾の前におったのは、首の繋がったツバサの姿じゃった。


 しかし、その心臓は動きを止めておった。その口からは呼吸が感じられなんだ。


 ツバサは死んでしまった。


 声が出ぬ。


 震えが収まらぬ。


 此奴は、自ら命を落としたのじゃ。


 大馬鹿者め。


 それが妾たちを救う術だとしても、それだけはしてはならぬのに。


 ダメじゃ……抑えが効かぬ……


 妾はツバサを置いて屋上へと飛んだ。


 螺旋階段に沿う様に飛ぶ生まれたてのツバサを思い出す。


 屋上に着いた妾は、思い切り息を吸い込んだ。もう二度と感情的な炎は吹かぬ……これが最後じゃ……


 死の大地の上空に、灼熱の業火が広がっていた。

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