第九十八話 妾は炎を吹かぬのじゃ!
妾は爪を立てて、ゴーレムの手の甲に『ゴレス』という名を刻んだ。ゴーレムのゴレスは身体を震わせている。
「ありがとうございます。このゴレス、グゥイン様の為に粉土砕身で働きます!」
「うむ、期待しておるぞ……他のものも、時折りこのようにして彫ってやるでの、しばし待つのじゃ」
しばし刻を稼ぎながら、文字を覚えねばならぬ。王として、学んでゆかねばならぬのじゃ。
「わらわが彫ってやっても良いのだぞ!」
ツバサの言葉に、ゴーレムたちが譲り合いをしている。
「何故じゃ! わらわでは嫌だと申すかっ!」
嫌では無いが、ゴーレムたちは妾の配下であり、ツバサは妾の子供として敬っているに過ぎない。やはり名を刻んで欲しいのは妾だけであろう。
「わらわもっ、偉大なっ、ブラックッ、ドラゴンじゃあっ!!」
ツバサは飛び回って、息を吸い込んだ。仕様のない奴じゃ。妾はツバサを思い切り蹴り上げた。
天に舞うツバサの口元から火の粉が漏れる。
「痛いのじゃ! わらわはまだ何もしておらぬのじゃ!」
「空中で火の粉が漏れ出ておったぞ。妾は言い訳が一番好かぬ」
「だよだよー。だよっ、だーよー」
気がつくと、ゴーレムたちは作業に向かっていた。どうやら親子喧嘩を見せないようにと、アドちゃんが配慮してくれたらしい。
「ツバサ、グゥインの言う通りなんだよ」
「アドちゃんまでそう言うのか! ママだって炎は吹くではないか!」
その瞬間、アドちゃんは悪魔のような笑顔を覗かせた。
「だーよー……確かにツバサだけに強制するのはおかしいんだよ。だよだよ……グゥインも炎を抑えてみてはどうなんだよ?」
此奴……それを狙っておったな……
「グゥインは言い訳をしない誇り高きブラックドラゴンだよ。そしてツバサの親でもある。子供に禁止した事を親がするわけ無いんだよ。グゥインが炎を我慢出来たなら、ツバサも我慢出来るよ?」
「当たり前なのじゃ! ママが我慢するなら、わらわもするのじゃ!」
「ツバサよ、人前でママはやめるのじゃ」
「あ、ごめんなさいグゥイン様」
「アドちゃんよ、妾の炎は絶大な攻撃力を誇る故に、無闇に吹いておらぬぞ。我慢も何もな……」
「嬉しい時に吹き散らかす炎だよ。英太から何度も注意されてたんだよ」
アドちゃんは妾の言葉を遮った。
「グゥインの炎は島の気温を10度近く上げた事もあるんだよ。あれは草木に悪影響なんだよ。それに、これから国民が増えるんだよ。あんなに炎を吹き散らかしていたら……いつか、間違いで国民を殺してしまうんだよ。普通の国民は簡単に死んじゃうよ」
ぐぅの音も出ぬ……ここはアドちゃんの指示に従うしかあるまい……
「あいわかった。約束するのじゃ」
「だぁよ」
アドちゃんはまたしても悪意のある笑顔を見せた。此奴……まだ狙いがあると言うのか……
「約束を守れなかったら、罰ゲームなんだよ」
「罰!? 何故国王がそのようなものを!」
「ゲーム、なんだよ。楽しい事なんだよ」
「わらわはやるぞ! 炎は吹かぬから、ゲームに勝てるのじゃ!」
ツバサのやつ、ゲームという言葉に操られておるな。これでは、妾が拒否し難いではないか……
「あいわかった。では、罰は……ルールはどうするのじゃ?」
「簡単なんだよ。サーシャたちが戻って来るまでの間、必要に迫られた時以外は炎を吹かないんだよ。それが出来なかったら、僕の言う事を聞いて貰うんだよ」
「そうは言ってもな、聞けぬものはあるぞ。妾は死ねぬし、国王の座を譲る気もない」
「……そんなハードな事言うわけ無いんだよ。精々、第五区画の特別待遇くらいのものだよ……というか、そんな政治的な交渉の罰も言わないよ。とにかく、グゥインをちゃんとした王様にするのが、僕の役目なんだよ」
「それは助かるがの……わかった。聞ける罰のみ受けようぞ」
「わらわもあいわかった!」
こうして、妾たちは感情の昂りによる炎を制限する事になった。
一週間が経過した段階で、妾もツバサも一度たりとも炎を吹かなかった。
英太が創造で妾を興奮させた日々ら刺激的じゃった。友達もおらなんだし、人が目の前にいるだけで嬉しかった。サーシャが現れた時も同様じゃ。妾は女の子の友達も欲しかったからのぅ……
その時と今はけして同じではなかったが、一週間の間には嬉しい事も楽しい事もあった。我慢出来たのは自分でも驚きじゃった。
「だよ。二人とも凄いよ。さすがはドラゴン成長中だね」
「む? なんじゃ、それは?」
「知らないんだよ? グゥインについてる称号だよ。英太がこっそりつけてたんだよ」
「ほぅ、あやつ、勝手にそのような事を……」
「グゥインがつけてみろって言ってたよ」
「前言撤回じゃ」
「その称号の効果かもね。気付いてる?」
「何がじゃ?」
「グゥイン、僕より大きくなってるんだよ」
「……妾はアドちゃんより小さかったのか?」
「そうなんだよ! 前は1センチくらい小さかったよ! 今はグゥインの方が2ミリくらい大きいよ!」
なんだ、誤差ではないか……何を大袈裟な事を。
「わらわは? わらわも成長したかな?」
ツバサは飛び回る。うーん……元々小さいが、今も小さいままじゃ……
「変わってないんだよ!」
「ママ、わらわも成長したいのじゃ!」
「そうは言ってものぅ……ドラゴン種は1000年は余裕で生きる……生まれたてのツバサは小さくて当たり前じゃ。そのうち自然と成長するじゃろう」
「ママ、わらわにも加護ちょうだいよ!」
「人前でママはやめろと言うたじゃろう」
「グゥインさま、お願いなのじゃ!」
頼めばなんでも叶うと思うておる。本当に此奴は子供じゃのぅ……成長を促すのも悪くは無いか……
「しょうがないのぅ……ツバサもドラゴン成長中じゃ!」
妾は安易に称号を授けてしまった。
妾の付けた称号に、大きな効果があるとは知らず……本当に馬鹿な親じゃ……