第十話 レベルアップの秘策
俺の問いに、グウィンは小さく鼻を鳴らして言った。
「妾は色々な事を知っておるぞ。個体のレベルはな、肉体を動かす事によって上げる事が出来る」
「肉体を動かすって、筋トレとかでもいいの?」
「うむ。普通の人間なら、生きているだけで成人(15才)までにレベル3にはなるものじゃ」
ステータス
名前:鏑木英太
年齢 : 15
職業:デベロッパー
レベル:1
HP:100/100
MP:50/50
ユニークスキル
•クリエイト
スキルスロット
1.全属性魔法
2.言語理解
15才でレベル1。転移したから産まれたて扱いなのか? 普通に生活するだけでは、レベルをひとつ上げるのに7〜8年かかるのか。
「訓練したり、筋トレしたりで効率は上がらない?」
「そうじゃな。騎士団に入るなどすれば多少は変わるだろうが、気持ち程度であろうな……やはり最も効率的なものは、魔物の討伐じゃ」
やっぱりそうか。予想はしていたが、魔物が存在しないこの大地では、それも叶わない。
「魔物の討伐で得られる経験値は、訓練で得られるそれの比ではない。今際の際に放出される魔素の影響なのかもしれぬが、なぜそうなるのかという詳しい仕組みは、妾もわかっておらぬ」
もし俺がレベルを上げるとすれば、他に方法はないのか。そんな思考に囚われた俺を見て、グウィンは唇の端を不敵に吊り上げる。
「英太よ、何か忘れておらぬか?」
「何かって?」
「妾がいるではないか」
「え?」
「妾は最強クラスのモンスターであるぞ! 妾と闘うが良い。さすればレベルなどあっという間に上がるわ」
その言葉に息を飲んだ。冗談にしては笑えない。
「お前、何言ってんだよ。そんなの——」
「さあ、これを持て!」
グウィンは突然、ドラゴンソードを俺の手に押し付けるように渡した。柄の部分がずしりと重い。まるで決意そのものが宿っているようだ。
「安心せよ! 『魔物を倒す』とは、何も殺害するだけではない。魔物を屈服させ、敗北を認めさせれば良いのだ」
……確かに。退治したモンスターを仲間にするゲームもある。そのぶんの経験値は手に入れていたはずだ。
「グウィンが敗北を認めればいいって事?」
「上辺だけでは無理であろうな。真剣勝負をした上で、心の底から敗北を認める……さすれば経験値を手にする事が出来るであろう」
「そりゃ……無理だろ」
グウィンの吐き出す炎、あの硬い表皮と鱗、圧倒的なパワーとスピード……歴戦の猛者が複数で挑んでも返り討ちに合うレベルだ。
「故に、ハンデをやろう。まず妾は尻尾に魔力を集中させる。ほぼ全てのエネルギーを集めた妾の尻尾を切り落とせ」
「そうすると、弱くなる?」
「うむ、そこいらのオークロードレベルまでは弱くなるであろうな」
「オークロードって、かなりの上位種だろ」
「なあに、ドラゴンソードがあれば一撃で始末出来る。妾でも三度も斬られれば瀕死となろう。妾に三度攻撃を喰らわす事が出来たならば、負けを認めてやろう」
「でも……俺はグウィンを斬りたくなんかないよ」
「英太の為だけに斬られる訳ではないぞ。これは英太と妾の為の闘いなのじゃ」
その瞳は真剣そのものだった。まるで、その向こう側に何か大切なものが見えているかのように。
「覚悟を決めるのじゃ」
グウィンは風を纏い、静かに舞い上がった。そしてその身体が、漆黒のドラゴンへと変貌していく。
「グォアォアアアアー! エィダア! エイダアッッ!!」
その雄叫びに大気が震える。魔力が嵐のように渦巻き、俺の頬を切り裂く。
「エィダアアァ!!」
グウィンの尻尾が眼前に突き出された。黒い魔力が集中し、息が詰まるほどの圧迫感がある。まずは尻尾だ。この尻尾を切り落とす!
「くっっ……そおおおおっっ!」
ドラゴンソードを振り下ろす。
鋭い切っ先が漆黒の鱗を貫き、グウィンの尻尾が切断される。瞬間、爆風のような魔力の余波が俺を襲った。
だが、それで終わりではない。
グウィンが突進してくる。その巨体が嵐のように迫り、俺はギリギリで回避した。地面が砕け、岩が爆ぜる。その一撃を食らえば、確実に命はなかっただろう。
「エィダ! シンタイヲキョウガシロォ!」
咆哮が空気を震わせる。グウィンの喉は、言葉を紡ぐことすら難しそうだ。それでも、確かに俺に助言を与えている。身体強化――そんな魔法、俺に使えるのか?
「……やるしかない!」
心臓が爆発しそうなほど高鳴る。剣を握る手に汗が滲む。グウィンがくれたチャンスを無駄にはできない。
「《身体強化》!」
言葉と共に、全身に魔力が駆け巡った。筋肉が弾けるように収縮し、視界が一気にクリアになる。身体が軽い――いや、違う。軽いのに重い。力が余りすぎて、どこか自分の身体じゃないみたいだ。
「……いける!」
強化された身体を信じて、俺は地を蹴った。その瞬間、世界が流れる。空間が一瞬で飛び越えられたような錯覚。
「うおっ……!」
思った以上の速度。制御できないまま、グウィンの巨体へと突っ込む。咄嗟にドラゴンソードを構える。刃先が、黒い鱗に食い込んだ。
「グァアァアッ!!」
グウィンの悲鳴が耳を劈く。剣を引き抜き、俺は転がるように地面に着地する。
一撃目。
息が上がる。心臓が爆発しそうだ。それでも、身体は止まらない。いや……止められない。
「な、なんだこれ……!」
全身が勝手に動き出す。筋肉が限界を超えたまま跳ね、腕が震える。動きを止める術が見つからない。まるで、肉体が自分の意志を振り切って、ただ動こうとしている。
「英太!」
グウィンの瞳が俺を見つめる。その金色の瞳に、怯えが滲んでいる。そうだ――俺は、このままじゃ自分の力に飲まれる。
「《速度操作》!」
咄嗟に新たな補助魔法を唱えた。速度を抑えるように魔力を流し込む。それでも身体は止まらない。
「くそっ……!」
足元が割れ、大地が抉れる。それでも、俺は前へ進むことを止められない。止まる術がない。
「なら――前に進むしかない!」
剣を構え、最後の突進に全力を込める。肉体が制御不能なら、それごとぶつけてやる!
「グウィン――ッ!!」
俺の叫びが空に散る。グウィンは巨大な腕を振り上げる――だが、その動きは一瞬止まった。
グウィンの黒い鱗が、白い光に包まれ始める。次の瞬間、彼女の姿が収縮し、いつもの少女の姿へと変わった。
「えっ……?」
時間が止まったように感じた。俺の突進は止まらない。目の前には、両腕を広げたグウィンが立っている。まるで俺を受け止めようとしているかのように。
「グ、ウィン……!」
だが、止まれない。ドラゴンソードが一直線にグウィンの胸元に向かう。
刹那、刃先が小さな胸に触れた。
刺さった。
時間が凍り付く。
「……エイタ」
細い声が、耳元に届いた。
俺は、膝から崩れ落ちるように地面に座り込んだ。腕の中には、血を流しながらも微笑むグウィンがいる。その顔は、どこか安心したようにも見えた。
「グウィン……グウィン!!」
すべてが静まり返る。グウィンは微笑んでいた。
「なんで?」
「殺さぬと経験値を得られぬからな」
「でも、だって」
負けを認めれば……そう言ったじゃないか。
「そうでも言わぬと英太は闘わないじゃろ」
「《回復魔法》」
「《上級回復魔法》」
「ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール!!」
「もうよい。魔力が枯渇しておる……また倒れてしまうぞ」
「ハイ……ハイヒー……」
「やめろ……これで良いのじゃ……英太……妾はな……この1000年の間ずっと死にたかったのじゃ……」
「なに言ってんだよ」
「でもな……死ねなかった……約束があったからな……自ら死を選ぶ事は出来なんだのじゃ……」
「楽しかったって言ってたじゃないかよ! 俺と一緒に国を作るんだろ! デベロ・ドラゴ! 作るんだろ!?」
「死ぬのは怖かった……でもな……英太と出会って死ぬのが怖くなくなったのじゃ……この命を英太の為に……」
「グウィン!?」
「し……の……別れ……じゃ……」
グウィンの体は灰色の塵になり、風にさらわれるように消えていった。
「グウィンーーー!」
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
《レベルアップしました》
《レベルアップしました。スキルスロットが解放されました》
耳ではなく、意識に声が届いてくる。ブラックドラゴンのもたらす強大な経験のおかげで、猛烈な勢いでレベルが上昇しているようだ。
《レベルアップしました。スキルスロットが解放されました》
《称号:ドラゴンスレイヤーを獲得しました》
ドラゴンスレイヤー……欲しくねーよそんな称号……
その瞬間、俺の意識は途切れた。