ep.3 魔法使い
「魔法使い……?」
思わずそっくりそのまま聞き返した私に、先生は器具をなにやらほかの装置と繋げながら色々と説明した。この帝国には、一定の確率で不思議な力を使える人間が生まれること。それを魔法使いと呼んでいること。数年前にその魔法を安定させる道具が開発されて、国がそれを開発した組織を基に、研究機関を兼ねて学校を作ったということ。そして今年から、帝都に住む貴族だけでなく、帝国全体の子どもが検査され、才能が見込まれれば入学することになったということ。
「でもどうやら今のところ、魔法使いは貴族の子に産まれる確率が高いみたいなんだ」
「はあ……」
先生はその事実をとても面白がっているようだった。平民である私が珍しくてこんなことになっているのだろうか?
「まあ詳しいことは歴史の授業で習ってほしいんだけど——」
「あの、じゃあ私がこの部屋に連れてこられたのって、どうして……?」
「お、良い質問だね」
ユベール先生は新しく繋げた装置から出てきた、なにかが書かれた紙を手に取り、サッと目を通して学長に渡した。受け取った先生は「なるほど」と小さく声を漏らす。
「それは君が特別だからだよ」
「特別?」
特別? 私が? どういうことかと考えいると、ユベール先生は私に取り付けられていた金属の端末を外し、山積みの書類の中から適当に紙を一枚取り出すと、白紙の裏側にサラサラとペンでなにかを書き始めた。
「君、字は読める?」
「はい……」
「よかった。えっと……さっき、魔法を安定させるための道具の話をしたよね?」
「数年前に開発されたっていう……」
「そうそう」
先生によると、魔法の種類は主に四つ。それぞれ火、水、風、土を扱うことができるという。
「でも、基本的に何もないところから発生はさせられない。そして普通は力をうまく扱えなくて多少動かせる程度なんだ」
その問題を解消するのがその、開発された道具らしい。形は何種類かあり、どの元素(先生はそう呼んでいた)を扱うかのほか、本人の適性によってどれを使うかは異なる。
「適性を調べるために使うこの魔法石の色によって見分けるんだけど……」
赤は火、青は水、緑は風、黄色は土。光の強さが力の強さを示す。そうして帝国全土を調査して、素質のある子どもをここに連れてくる。
「あれ、でも私は……」
「そう、それが君が”特別”な理由だよ」
私の紫色と同じように、違う色に光る人がたまにいるらしい。そしてそういう人たちは、まったく別の能力を持つのだという。
「普通とは力の扱い方のメカニズムが違うから、道具はいらないか、特別なものを使う必要がある」
その特性上、道具が無かった頃はこうした四つの元素以外の特殊な例と、四つの元素を扱う者のうちでも一部の力が強くて扱いに長けた者だけが魔法使いだと思われていたそうだ。
「それで僕の師匠と学長が研究を進めて作ったのがこの学校。僕もそうだし、先生たちの多くは君と同じ、特殊な例だよ」
幼いうちに魔法の扱いを覚えないと、大人になってからでは特に道具を使うタイプの魔法には危険が伴うそうだ。それで子どもを集めているのか。続いて先生は、私が村で受けた検査は簡易的なもので、普通は入学時に一斉に詳しい検査を受けることになっているということを教えてくれた。しかし、それを調べるための器具では私のような特殊な例は調べられないので、こうして別室に連れてこられるらしい。
「君の能力は付与魔法——自分や他人の能力の強化なんかをする能力だね」
「強化……」
「僕も初めて見たから詳しいことはもう少し待ってほしいんだけど——学長は見たことあります?」
「いいえ、私も見たことはないんだけれど、たしか……」
学長が言うには、学校ではなく国の保管庫の方で、似たような記述のある日記を見たことがあるらしい。それを聞いたユベール先生は、なんでそんな重要な研究資料を自分に寄越さないんだと文句を言っていた。学長はどうやら話をつけて持ってきてくれるらしく、ユベール先生はそれを自分にも見せてくれとせがんだ。さっきまで私に色々説明してくれていた大人の余裕はどこへやら、私の足元に縋りつきそうな勢いだ。私だってそれを読んでひとりでどうにかできるとも思わないので、ちゃんと見せると約束して、私と学長はユベール先生の部屋を去ることになった。
「それじゃあとりあえず今日やることはこれで終わりね。あなたは今日からここの寮で生活してもらうことになるわ」
制服や備品なんかはその部屋に置いてあり、ほかの物は追って支給されるとのことだ。結局わたしには魔法を使うための道具が必要なのかどうか、聞くのを忘れてしまったが、もしそれがあったところでどうしようもない。とにかく今日、わたしにできることはもうないと悟って、学長に呼ばれた年上らしき女の子に案内されて自分に割り振られた部屋へと向かうことになった。
「それじゃあ、私とはまた会うことになると思うわ。わからないことがあれば周りの生徒か、私に聞いてね」
「はい、ありがとうございました」
案内役の女の子の見よう見まねで礼をして、学長と別れた。私の前を歩く年上の女の子はマーガレットと名乗り、ここには三年ほどいると教えてくれた。決して露骨に態度に出すことは無かったが、やはり私の髪をチラリと見て、値踏みするような視線を向けた。マーガレットの髪は綺麗な亜麻色だ。あぁ、やっぱりそうか。期待した、特別だと言われて。先生たちは今まで向けられていたような視線を向けなかった。ここでなら、新しい人生を始められるんじゃないか、今までみたいな目で見られなくて済むんじゃないか。そう思っていたけれど、きっと周りの目は変わらない。
一度気になってしまうとどんどん悪い方向に考えが進む。さっきまでは今の状況についていくのにいっぱいいっぱいで気が付かなかったけれど、すれ違う生徒たちは私のことを見てひそひそと何かを話しているようだ。それがこの髪についてなのか、それとも私の貧しい身なりについてなのかはわからないが、とにかくそれが善意ではないことだけは明らかだった。
「……」
私はなるべく顔を見られないよう俯いて、ギュッと固く拳を握りしめた。仕方がない、ここに集められているのは子どもだ。それも貴族の。私みたいな人間を見ることなんてそうそうないのだから、そういう視線を向けられて当然だ。いつものように飲み込んでしまえばいい。そう思うのに、いつもならそうできているのに、期待した分惨めな気持ちになって、今にも泣き出してしまいそうだった。こんな髪も、特別な力も、そんなものはいらない。私は皆と一緒になりたかった。堪えきれなくなった涙が一滴、目尻から離れようとしたその瞬間だった。
「——っわ、」
ドンっと、下を向いていた私は正面から来た人に思い切りぶつかってよろめいた。
「す、すみませ——」
慌てて謝りながら顔をあげて、息を飲んだ。白い肌、燃えるような緋色の髪、そして何色にも見える不思議な色の瞳。まるであの絵本、私の大好きな、虹色の目をしたお姫様だ。お姫様が私の目をその瞳でまっすぐ見つめてこう言う。
「あら、素敵な髪ね。短いのが勿体ないわ」
これが運命の出会いでなくて、一体なんだと言うのだろう。