万に一つ
『本来ならば、キッカが残った3人の存在を無にした後、ウィステリアとこの世界との繋がりを完全に断ち切る筈だったの。そうすれば、ウィステリアが向こうの世界でそのピアスを持っていたとしても、この世界とは繋がってはなかった………のよ?キッカ……』
『はい!十二分に理解しています!』
ー蛇に睨まれた蛙─狐が居ますー
「それ…なんですけどね?もう二度と、私みたいな事が起こらないようにして下さい。今回の事は、キッカさんだけが悪いんじゃないと思います。後処理を、キッカさんだけじゃなく、せめて2人体制にするべきです。それに、毎年召喚をする訳じゃないのなら………アイリーン様も、少しずつ魔力?神力?を溜めておいて、それを使うと言う事はできませんか?流石に5年眠り続けるのは……神様にとっての5年はどうなのか知りませんけど、人間にとっての5年って、結構大きいんです。」
ー本当は、“召喚自体を止めろ”と言いたいけどー
『それは…そうね。その通りね。こちら側の理由でその人間の一生を変えてしまうものなのよね。私も……怠慢だったわ。それに───』
と呟いた後、アイリーン様はまた少し顔色を悪くして黙り込んだ。「どうかしましたか?」と、尋ねると『いえ─何でもないわ』と、首を緩くフルフルと振った。
『それじゃあ、これからの事についてなのだけど…。ウィステリア、貴方はこれからどうしたい?還るも良し、貴方の存在は今、こちらの世界にも馴染みつつあるから、このまま残るでも問題無いわ。』
“馴染みつつある”─やっぱり、魔法を使ったからだろうか?でも、答えは決まっている。約束したから。
「私は、元の世界に還ります。それで……この赤いピアスだけは持って還りたいです。」
『分かったわ。勿論、そのピアスの在るべき所はウィステリアの元だから、持って還ると良いわ。後の問題は………エメラルドね。』
アイリーン様が、未だ意識を失ったまま倒れているエメラルドに視線を向け、私達もエメラルドに視線を向けた。
『もう、殆ど聖女としての能力が残ってないわね。もう既に聖女とは呼べないわ。あんなにも綺麗な色をしていたのに……今では……。』
どうやら、アイリーン様にはその人の持つ色が視えるらしく、その色の輝きが綺麗であれば綺麗な程、聖女に向いているのだそうだ。
ただ、その反面純粋過ぎる一面もあり、悪いモノにも染まりやすいと言う紙一重なところもある。それが、今回出てしまったと。
それを防ぐ為にも、こちら側の人間に染まり過ぎないように、聖女以外の同郷を数名召喚していたが、今回は、その4人がバラバラに訓練を行っていて、更にはその聖女が孤立。そして、エメラルドはアリシア王女の悪に染まってしまったのだ。
それじゃあ、エメラルドは悪くないのか?と言えば、そんな事はない。孤立して可哀想で大変だったかもしれないけど、アリシア様を選んだのはエメラルド自身だし、私が死んでも良いと見て見ぬふりをしたのもエメラルド自身が選んだ事だ。
やっぱり、どんな理由があろうとも、エメラルドの罪が消える事はない。
「私は元の世界に還るので、エメラルドには……何があっても元の世界には還って来て欲しくない。エメラルドが還りたいと願ったとしても。そして、この世界で自分の犯した罪を償いながら生きて欲しい。それが、私からのお願いです。」
私は殺され掛けたけど死んではいない。でも、ルーファスさんを喪ってしまった。赦せる範囲はとっくに超えている。
エメラルドは悲劇のヒロインではなく、犯罪者だ。その償いはしなければならない。それから逃げるように、元の世界に還る事は──私にはどうしても赦せる事ではない。
ー正直、同じ世界に存在するのも嫌なのだー
『えぇ、勿論、エメラルドには自分の犯した罪は償ってもらうわ。それに、エメラルドが望んだところで、エメラルドがあちら側に還る事は……万に一つも無いわ………』
と、何故か顔を引き攣らせるアイリーン様。しかも、キッカさんも何故か顔を引き攣らせ、ピンッと立っていた三角のケモミミがパタンッと折り畳まれた。
ーあ、その耳可愛い!ー
何て思える位の余裕が、私にはあるようです。
「えっと……“万に一つも無い”と言っても、今回のリアの事が起こった訳で…。本当に大丈夫なんですか?」
と、おずおずと質問したのはバーミリオンさん。
『大丈夫よ。エメラルドは…望んだところで還れないのよ。千代様の逆鱗に触れたから。簡単に言うと、還る為に必要な向こう側の神の“許し”が無いと言う事よ。喩え強制的に送り返したところで、どこかに落ちて存在が消えるだけなのよ。』
何故かはよく分からないけど、キッカさんの主である神様─千代様が怒っていて、もうエメラルド─久保清香を受け入れる事は無いって事だ。
あぁ、キッカさんの耳がペタンッとなったのは、千代様が………恐ろしかったから……かな?




