選んだのは
*エメラルド視点*
『────くぼきよか』
名前を呼ばれてヒュッ─と息を呑む。
ーな……何!?何が…起こってるの!?ー
ただ、ウィステリアに名前を呼ばれただけだったのに。動きたいのに動けない。出したい言葉は出て来ないのに、違う言葉が口から出て行ってしまう。
ーこれ以上言っては駄目よ!ー
ソロソロと、やっとの思いで手を持ち上げて口を押さえた。
「押さえつけても無駄だからね?貴方の真名を──掌握してるから。」
あぁ、今、ようやく分かった。さっき覚えた引っ掛かりは──
私が、ウィステリアとアズール君とバーミリオンさんの本当の名前を思い出していないと言う事に。
思い出していたとしても、今の私では、この女みたいに相手を掌握する事はできなかっただろうけど。
何となくは気付いていた。聖女としての能力が失われていっている事に。それでも、能力が全く無くなってしまう事がなかったから、“また訓練さえすれば元に戻れる”と思っていた。だって、私は4年前、ちゃんと聖女としての務めを果たしたから。
そんな気持ちのまま4年。
色んなモノが私の手の中から零れ落ちて行った。
聖女としての能力も、ルーファス様の笑顔も。
なのに、ウィステリアは、私が失くしたモノを手にしている。
「何で、私じゃなくて、皆はあんたなんかを…選ぶの?」
「…………」
「私はただ、ルーファス様が欲しかっただけなのに。ねぇ、私は……いつまで聖女をすれば良いの?」
そう呟いた後、フッと体が軽くなった。
ウィステリアの真名の掌握から、解放されたんだろう。
「この世界に残って聖女として生きて行く事を選んだのはエメラルド─久保さん自身。それなのに、聖女の務めを果たさずルーファスさんに固執する事を優先したのも久保さん自身。自分自身の事を省みず、都合の悪い事は全部他人のせいにしたのも久保さん自身。何もかもうまくいかなくなって、ソレを私のせいにしたのも久保さん自身。貴方が自分で選んだ結果が──聖女の能力を失いかけて………ルーファスさんを喪ったって事だよ。」
私の目の前に居る女─ウィステリアの瞳は懐かしい黒色で、その瞳は揺れる事はなく、しっかりと私を見据えている。
「私が選ばれたんじゃなくて……皆がそれぞれ自分で選んだだけの事。誰だって、選んでも失敗する事はある。失敗するのは悪い事じゃない。でもね、その失敗を久保さんみたいに他人のせいにするのは……逃げているだけだよ。それに……“欲しかった”と言うけど……ルーファスさんは物じゃないから。」
*志乃視点*
「………」
目の前のエメラルドは、黙って俯いたまま動かない。
ー少しは…私の言葉を受け入れてくれたんだろうか?ー
「──ウィステリア様………」
と、今の今迄黙って控えていたキッカさんから声を掛けられた。
「外が騒がしくなって来たので、そろそろ結界を…」
どうやら、この部屋の異変に気付かれたようだ。
「結界解除後は、転移しますか?それとも─」
流石に、このままエメラルドを一人残して去るのは…良くないだろう。それに、アレサンドル様にも今回の事はキッチリと報告をしなければいけないし…。
ただ、一番の厄介事としたら───結界を解除した後に駆け込んで来るだろう騎士や侍女達だろう。
聖女の崇拝者だろうから、私を目にしたら……
ーうん。彼等は…キッカさんに頑張ってもらおうー
キッカさんに視線を向けて「転移せず、アレサンドル様に……会いに行きます。ただ───」と言い掛けると「大丈夫です。分かってます。対処は私にお任せ下さい。」とニッコリ微笑まれた。
ー対処だからね?処罰じゃないからね?ー
パチン─とキッカさんが指を鳴らすと、部屋の扉が物凄い勢いで開かれて3人の騎士が雪崩れこんできた。
勿論、その3人の騎士達はエメラルドを目にすると「聖女様!ご無事で良かった!」と、安堵の表情を浮かべた後、エメラルドを庇うように自身の背に隠し、今度は私を睨み付けるように──
いや、睨んでいる。
めちゃくちゃ睨まれてる。分かってます。コレばっかりは…正直、私が悪いから分かってます。でもなぁ…、やっぱり聖女の崇拝者って、脳筋の集まりなんじゃないかなぁ?貴方達3人の圧より、私の後ろに居るキッカさんの殺気の方が、何倍も恐ろしいからね?私、普通に立ってるように見えるかもしれないけど、ちょっと…今、足が震えないようにするので精一杯だからね?
貴方達、大丈夫?私に気を取られ過ぎてない?
そんなにも、女魔導士の私が憎いのか……
エメラルド付きの護衛騎士ではない騎士は、まだマトモだったけど……あぁ、エメラルドの周りには、敢えて脳筋を集めたのかな?それなら仕方無い──事は無いけど。
暫くの間、お互い睨み合った後、先に動き出したのは脳筋の1人だった。
「女魔導士のクセに、聖女様に何をした!?」
ーはいはい。お決まりのセリフ過ぎて…笑えないからね?ー
なんて呑気な事を思っていると、キッカさんが動くよりも先に──
「何をしている!?」
と言う声が掛かった。




