愛し子
*引き続き、アレサンドル視点になります*
「それが本当なら……誰かが召喚の魔法を使ったとしても……」
「あぁ、100%成功する事は無い。」
「………召喚できないわけじゃないんですね?」
本当に、アズールは理解が早過ぎる。アズールには、嘘や誤魔化しは利かないだろう。
「そうだ。召喚の魔法陣を描ける者が召喚しようと思えばできるだろうけど、魔力不足と神々の加護が無いから、召喚者が呼んだ者の元に必ず辿り着くと言う事は…無いと思う。」
あくまでも、予想でしかない。理由は簡単。過去に誰もした事がないからだ。自分の魔力を使って行うのであれば、もし、魔力が足りなければ──魔力が枯渇して自分が死ぬかもしれない。そんなリスクを負ってまで、異世界から人を召喚する者など居ないだろう。
ただ──
目の前に置かれた服とアズールの勘は、ソレが行われた可能性がある事を示しているように見える。
「これは…私だけでなく、父上も気になっている事なんだが……アズール、お前達は…まだ名前を思い出せてはいないのか?」
「名前?あぁ、そうですね…分からないままですね。」
これも、過去の文献に残されているモノとは違っていた。過去にも、この世界に残った者、元の世界に還った者と様々ではあるが、浄化の旅が終わってから数日経つと、この世界に残った者は皆、自分の名前を思い出しているのだ。それが、アズール達は4年も経っていると言うのに、未だ名が分からないと言うのだ。居残り3人がこの状態なら、ウィステリアにも何かが起こっている可能性も…否定できない。
「魔力と言うのは目には見えないが…失った後でも、その跡は暫くの間は残るんだ。それも、魔導士団長程のレベルの魔導士ともなれば、数年前の跡を辿る事ができる─と言われている。」
魔導士団長になる者は、この国一番の魔力を持つ者だ。勿論、現魔導士団長のユルゲンが、理を無視して召喚魔法を使う事はないだろう。
「もし、誰かが召喚の魔法を使ったとする。本来であれば、女神アイリーン様がこの世界に適する者を選び加護を与えるのだが、その工程が抜ける事になる。ならば、その召喚の魔法に反応するのは……ウィステリアの可能性が高い。」
「ウィステリアが?」
「そう。彼女が還ってからまだ4年だ。おそらく…この世界とウィステリアは、まだ辛うじて“魔力の跡”で繋がってる可能性がある。だから、召喚の魔力に無意識に反応する可能性があると言う事だ。」
「もしそうだとして、ウィステリアは魔導士だから、ここにまた召喚されたとしても…助けを求めるなりしてここ王城迄来るのでは?」
アズールの言う事はもっともな話だが─
「ウィステリアが、まだ魔導士ならね。ただ、ウィステリアは正式に元の世界に還っているから、ウィステリアがどんな状態になっているのかは…正直分からない。」
過去に、元の世界に還った者が、再びこの世界に戻って来た事がない。
それに─“黒色のチョーカー”
ソレが“枷”なら、魔導士だったとしても関係ない。あの枷を嵌められると、魔力の流れが止まってしまい、どんな強い魔力持ちであっても、魔法を使う事が不可能になる。
ただ、一般人に枷を嵌めるのは違法だ。アレは、暴れる魔獣や魔物、魔力持ちの罪人に嵌めるモノだ。なら、それを理由にアマリソナ領を調べる事は可能だ。
もし、その女の子がウィステリアで、チョーカーではなく枷だとしたら──
平和を司る女神アイリーン─
平和を司っているからと言っても、“愛し子”を傷付けられては黙ってはいないだろう。
“愛し子”とは、女神アイリーン様が加護を与えた者達の事を示している。今で言うと、アズール、バーミリオン、エメラルドとウィステリア。この4人に手を出そうものなら…どうなるのかは、正直、これも分からない。これもまた、過去に救世主に手を出すような者が居なかったから。
ただ、今回は……そんな馬鹿が居たのだ。
『聖女のエメラルド様だけでも良くないか?』
『女の魔導士なんて要らないだろう』
それらを耳にした時、「首を刎ねてやろうか?」と思った。
こちら側の都合で召喚してやって来た者達。しかも、女神が選びやって来た者達だ。何故聖女だけではないのか─それにも色々な理由はあるのだ。一番大きい理由は、聖女1人だけと言うのは、精神不安定に陥る可能性があるから、数人が召喚されるのだ。
兎に角、助けてもらう側の人間の態度ではない。
ー全員の顔と名前を覚えておこうー
俺はあの時そう誓ったのだ。勿論、ウィステリアを見下した者達は全て……覚えた。
ー後は……アレだけだー
それに、ウィステリアは普通だけど可愛かった。貴族令嬢特有の媚が無く、王太子である私にもズバッとした物言いが心地好かった。妹にしたい位だった。ネーゼともきっと、気が合っただろう。
「取り敢えず、タラレバの話をしていても仕方ないから、先ずは──アマリソナ領を調べる事から始めよう。」
もし、女の子がウィステリアで、枷を嵌められているとしたら───
その身を以て、自分の罪の大きさを思い知る事になるだろう。




