二度目の召喚の日常
「気に入ったよ。二つとも貰うよ。」
ヒュッ─と息を呑む。
「ありがとうございます。では──」と、呆然と立ち尽くす私を余所に、旦那様と人攫いの人が商談を始めた。
ー買われて………しまった?ー
犬─魔獣は檻の中で微動だにせずジッとしていて、そんな魔獣を「可愛らしいわ」と言いながら夫人が檻越しに撫でている。
どれ程の時間が経ったのか─長く感じたその時間は、実際は2、30分位だったかも知れない。商談が成立したらしく、人攫いの人は、旦那様から何かを受け取った後「元気でな」と、下卑た笑みを浮かべながらこの部屋から出て行った。
「さて───」と口にしながら、旦那様は私の方へと視線を向けた。
「お前、名前は?」
「………」
ー名前……“神咲志乃”は勿論の事、“ウィステリア”とも言わない方が…良いよね?ー
「ふむ─“名前が分からない”、“あまり喋らない”のは、本当のようだな。」
ーそんな設定になっていたのかー
「珍しい色持ちだけど…こんな普通の子を買ってどうするの?」
「珍しい中でも、黒の色持ちは特に珍しいからね。今ではなくても、きっといつかは…色々と役に立つだろう。それ迄に、この狼の世話やウチで使用人としてでも働かせれば良い。」
ー狼?魔獣ではなく?ー
「せめて、成人していれば…もっと使い道があったでしょうに……」
その夫人の言葉と冷たい視線にゾッとする。この人達は、私を人間として見ていないのだ。
それでも、未成年と思われている事と、暫くの間は犬─狼?と一緒に居られる事、使用人として扱われそうだと言う事に一先ずホッとする。
「一つだけ確認しておくが…お前は16歳と言う事で間違いは無いな?」
「………」
コクリ─と頷く。
ー二十歳ですけどね!アジア系の顔万歳!ー
この世界での成人は、確か…18歳。それ迄後2年。
それ迄には───
ー頑張れ…私!ー
キュッと手を握り締めた。
*買われてから3ヶ月*
今迄に分かった事は──
私を買ったのはジェイミー=キルソリアン子爵。夫人の名はシエンナ。
クロスフォード王国の辺境地に住んでいる。外商で宝石等の貴金属を取り扱っていて売上も良いらしく、子爵と言ってもかなり裕福な暮らしぶりである。お金に余裕があるから、娯楽で人間を買ったりしているのだ。
そして、あの犬だった魔獣からの狼は──
「ノワール、シエンナ様が呼んでる…」
まさかの狼の獣人の子供だった。
クロスフォード王国では珍しいが、獣人の比率が多い国もあるそうで、この子─ブランは両親を病気で亡くしてしまい、孤児院で暮らしていたところを、その孤児院の院長に売られてしまったそうだ。
検問の時に“魔獣”と言ったのは、獣人の子供を、枷を嵌めて檻に入れていると知られれば罪に問われるからだった。
このブランが…可愛い。普段は狼の姿をしているけど、夫人であるシエンナ様の側に居る時だけは人型の姿になる。と言っても、耳と尻尾だけはフサフサのままで、これがまた可愛くて……私にとっては唯一の癒しとなっている。
「ノワール…大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
心配そうな目で私を見上げてくるブランに、私はニッコリ笑ってブランの頭を撫でた。
私には“ノワール”と言う名前が与えられた。本当の名前ではないから、私を縛る事ができないらしく、今でも首には枷が嵌められたままで、魔力の流れを止められたままである。
「来るのが遅いわよ」
「すみません」
「あの…僕がすぐにノワールを見付けられなかったから…」
「ブランは本当に優しい子ね。ふんっ。ブランに免じて許してあげるわ。その代わり、西の物置場の掃除を今日中に仕上げなさい。」
「…はい………。」
西の物置場とは、屋敷の敷地内の西側にある倉庫みたいな建物で……軽く日本の2階一戸建て以上の大きさがある。とてもじゃないけど、今日中─半日で掃除ができるモノではない。
今日は“ご飯抜き”と言う事だ。いつもそうだ。シエンナ様は、態と出来ない仕事を私にやらせて、できるまではご飯抜きにするのだ。
「はぁ──……すぐに行かないと………」
掃除道具一式を持って、私は西の物置場に向かった。
キュルル───
「お腹空いた………」
掃除が終わったのは日付を跨いた後だった。
ふと窓の外を見上げると、そこには満月が輝いていた。部屋にある小さな窓を開けて夜空を見上げる。
4年前に見上げた夜空は…もっと輝いていたような気がするのは…自分の置かれている環境の違いのせいだろうか?
「………」
勝手に召喚された上、女なのに魔導士だと絡まれて…見下されて…失恋?して還って…これから独り立ちして頑張ろうとしたら…また勝手に召喚されて……この仕打ち……。
「一体、私が……何をしたって言うの?頼まれて…助けただけなのに……」
1人、日本に還ったのが悪かった?
「────ふっ………」
二度目の召喚後、私はこの時、初めて涙を流した。




