浄化の旅③
『それじゃあ、せめて、私の事を“シーヴァー”ではなく“ルーファス”と呼んでくれないか?私だけ…家名呼びでは…少し寂しいから。』
勿論、他意は無いんだろう。本当に、一人だけ家名呼びされているのが気になるだけで。
「まぁ、ルーったら、我儘を言っては駄目よ?」
「王女殿下!」
シーヴァーさんの後ろから声を掛けて来たのはアリシア様。その横にはエメラルドも居る。
「ルー、ウィステリア様も困っているようだから、無理を言っては駄目よ?」
「……そう…ですね…ウィステリア………殿、すみませんでした。」
「いえ…大丈夫なので、気にしないで下さい。」
シーヴァーさんは、またいつも通りの穏やかな表情になり、そのままアリシア様へと体を向けた。
「何か、ご用がありましたか?」
「エメが、気分転換に散歩をしたいと言うから…ルーが付き添ってあげてくれるかしら?」
「分りました。私で良ければ。すみません、ここで失礼します。」
と、シーヴァーさんはエメラルドをエスコートするようにして、この場を後にした。
「……」
「ウィステリア様、ルーが無理を言ったみたいでごめんなさいね?他にも…迷惑を掛けたりしてないかしら?」
少し困った様に微笑むアリシア様。
「いえ、本当に大丈夫ですから。それに…シーヴァーさんからはいつも…優しくしてもらってますから。」
「そうね…ルーは…誰にでも優しいものね。」
「……」
キュッ─と、手に力が入る。
ーそんな事は、言われなくても分かってるー
「あー…アリシア殿下、テント迄私がお送りしますよ。」
「ありがとう、メイナード。それでは、失礼するわね。」
と、アリシア様はメイナードさんのエスコートで、テントの方へと戻って行った。
その日以降、シーヴァーさんはアリシア様とエメラルドの側で控えている事が多くなり、私達にはあまり話し掛けて来る事がなくなった。
ーま、これが…今の状況の方が普通なんだよねー
騎士の所属部隊に関わらず同行していると言っても、シーヴァーさんはアリシア様の近衛騎士だ。完全に割り切る事は難しいだろう。
「………」
寂しい─と思ってしまうのは、そう言う事なんだろうか?そうだとしても……チラリと向けた視線の先では、シーヴァーさんがエメラルドと微笑み合って話をしている。
ー本当に絵になるよね…お似合い…だよねー
暫くの間2人を眺めた後、私は誰にも気付かれないように溜め息を吐いた。
次の領地の浄化が終われば旅は終了──
最終領地に入る前の大きな街で、また自由時間が設けられ自由に過ごす事になった。
やはり、王都から離れた辺境地では、それなりの魔獣と遭遇した。それでも、魔導士は魔法ですぐ様反応し、騎士も性格云々は置いといて、どんな魔獣が現れても慌てる事なく、淡々と、次々と仕留めて行った。
勇者レベル迄上がったアズールさんは特に凄かった。どんな大きな魔獣が現れても、危なげ無く伸していくのだ。
危なかった時もあったし、怪我をした人もいるけど、誰一人欠ける事なく最後迄来れた。
その旅も、あと数日で終わりを迎える。
「そう言えば…女神様が旅が終わったら還れるって言ってたけど、どうやっていつ頃還れるか─なんて話は聞いてなかったよね?」
「あぁ……それは聞いてないけど、また、あの神殿で魔法陣で還してくれるんじゃないかな?」
「その方法しかないよね。」
私は還る気ではいるけど、バーミリオンさん達はどうするんだろう?
エメラルドは……残るかもしれないけど……。
エメラルドは、今日もシーヴァーさんを連れて街に出掛けている。
『エメラルド様とルーファス、お似合い過ぎて文句も言えないよな。』
『アリシア殿下も認められてるみたいだから、王都に帰ったら婚約って事も有り得るな。』
『聖女様と近衛騎士か…盛大なパレードとかあるかもな。』
誰が見てもお似合いな2人。
美少女はどこに行っても美少女で、普通な私もどこに行っても普通だった。
初恋は実らない─とは、よく言ったもんだ。
この世界に残って、2人の幸せを見続けるのは…正直辛いだろう。魔導士として残ったところで、騎士や貴族令嬢から蔑まれたり嫌味を言われるだけ。
シーヴァーさんを好きになった事は、後悔してはいないけど…
ーそんな想いはここだけにしておこうー
その日の夜─
夜中の見回りの担当だった為、野営している周りをゆっくりと歩き回っていた。
「やっぱり……星が綺麗だよね……」
こんな満点の星空は、私が住んでいる所では見る事ができない。還る迄、後何回この夜空を見上げる事ができるだろ?
「ウィステリア?」
「ん?」
夜空を見上げていると、後ろから声を掛けられ振り返ると─「シーヴァー…さん?」が立っていた。
ーあれ?今、ナチュラルに呼び捨てされなかった?ー




