総一郞のつぶやき・1
九六子はかすていらを食べ終えても延々と喋り続けた。さすがに業務に支障をきたすと判断した私は静かに言った。
「悪いが執務があるのでそろそろ部屋に戻ってはどうですか?退屈なら本を部屋へ運ぶように女中に言っておきます」
九六子は一瞬驚いたようなムッとしたような表情になったが、すぐに作り笑いをした。
「伯爵様とのおしゃべりが楽しくてつい居すぎてしまいましたわ。申し訳ございません」
そう言うと、自身の食べた後の湯飲みと皿すら持たずに部屋を出て行った。
私は異様な疲れを覚えていた。
それから3日後のことだった。
私の友人の公爵が我が屋敷に来たこの日、女中頭と愼志朗がタマが作る料理が美味だと言うのでタマが中心となって公爵をもてなす料理を作ることになった。
たしかにタマが女中になってから時折いつもより美味しい料理が出ることがあった。それらは全てタマが味付けしたものだったらしい。
ともあれ公爵は昼過ぎに我が屋敷へ到着し、しばし客間で談笑をした。そろそろ夕食の時間という頃に公爵が厠へ行きたいと言うので私が直々に案内した。
公爵が厠へ入っている間、料理の出来具合が気になった私は近くを歩いていた女中に公爵が厠から出てきたら客間へ案内するように命じ、台所へと歩を進めた。
台所からはいい匂いがしている。
牛肉が好きな公爵のために牛肉の塊をワイン等で煮込んでいるのだという。
台所のドアを開けようとしたとき、中から九六子の声が聞こえた。
「タマさん、伯爵様が裏庭でお呼びですよ。焦げないように見ておくので行ってきてください」
私はタマを呼んではいないし裏庭へ行った覚えもない。
息を潜めて台所の隣りにある倉庫に隠れた私は、タマが台所から出て行ったのを見届けると、そっと台所のドアを開けて中を覗いた。
すると九六子は自身の着物の懐から小さく折ってある紙を取り出すと、紙に包まれている粉を鍋に入れようとした。