総一郞のつぶやき・1
九六子は首をかしげて明らかに媚びた笑顔をつくりながら執務室に入ってきた。
そうだ。これが私に対する普通の対応だ。
盆の上には伊万里焼の湯飲みが2つと使用人が使うその辺の安物である湯飲みが1つ乗っており、菓子はかすていらが3皿あり、3切れ乗っているものが2皿と1切れ乗っているものが1皿ある。
九六子は私の机には伊万里焼の湯飲みに入った茶とかすていらが3切れ乗った皿を置き、愼志朗の机には安物の湯飲みに入った茶とかすていら1切れが乗った皿を置いた。
このように私や九六子のような華族と周りの者との差をつけることは日常茶飯事であり、私も当然のように受け入れてはいるが、ふとした瞬間にそれを不快に感じることがある。
それは差を付けられた者が私の大事な者である場合である。
愼志朗は長年私に仕えてきた者であり、数少ない信用のおける者でもある。息子までいかないにしてもそれに近い情は持っている。
九六子は何の断りもなく私の机の向かい側に椅子を持ってくると、鼻にかけた声で「一休みしませんかぁ~?」と笑顔をつくり、私の正面に腰掛けた。
仕事が溜まっている上についさっき昼食を取ったばかりで腹が空いている訳ではないが、龍之介の未来の本妻をないがしろにする訳にはいかないので、つかの間相手をすることにした。
九六子はかすていらをフォークに突き刺して口に運びながら喋った。
「殿方って若くて可愛い女性と食事をするだけで癒やされると言いますでしょ?伯爵様、きっとお疲れだと思いまして、わたくし癒やしに参りましたの~」
……不快に感じるのは何故だ?九六子は侯爵令嬢で財は無いが伯爵より上位の位を持ち地位と権力のある家の娘であり、選ばれし優れた人間のはずである。
九六子はかすていらを次から次へと口に運びながら喋り続けた。
「わたくし侯爵家の生まれで伯爵家より上位なうえに若くて可愛いじゃないですか?龍之介さまはわたくしと結婚出来ることにもっと感謝をするべきだと思いますの。タマさんなんて年増で不細工な平民じゃないですか。妾にするなんてわたくしに対する侮辱だとお思いになりませんか?タマさんはこのまま女中になればいいと思いますの」
ひとつも賛同出来ない上に苛立ってしまうのは何故だ?
九六子の顔が言うほど可愛くないからか?
それとも伯爵を遠回しに馬鹿にしているような発言をしているからか?
侯爵だと言っても貧乏人のくせにという気持ちを私が持っているからか?
どの道華族の年頃の未婚女性との縁談は全て龍之介が断ってしまい、身分相応の相手で娶れるのは九六子しか居なくなった今、性格に多少難があろうとも九六子と結婚させる以外にはない。