総一郞のつぶやき・1
タマは右手に盆を乗せながらドアを開けて部屋に入ると左手でドアを閉めた。
「おいしいお茶とおいしいお菓子でございます」
そう言いながら私の机の上に置かれたのはキャラメルとミルクチョコレートが乗った小皿と花の香りがする紅茶だった。
タマの持つ盆の上にはあと2組の紅茶と菓子が乗っていた。
愼志朗の方へ持って行くタマと顔を見合わせるなり愼志朗は表情を緩めた。それは私には見せない穏やかな表情である。
「今日は女中頭の子が休みでタマちゃん1人だけど困ったことは無い?」
「皆が助けてくれるので大丈夫だ」
「え?皆ってここの女中たちのこと……?」
「そうだ」
愼志朗は驚いた表情をしていた。私も驚いている。ここの女中たちは何故か自分の仕事以外は決してしない者どもが揃っているからだ。
引き続き愼志朗はタマに聞いた。
「こんな紅茶とお菓子台所にあった?」
去年から家令をしている愼志朗には女中と下男の管理も任せているので、台所に置いてある物もある程度は把握している。タマはあっけらかんと答えた。
「龍之介に貰ったのだがおいしいので皆にも食べて欲しいので配っている」
「その盆に乗っているのは誰の分なの?」
「九六子ちゃんだ」
ん?九六子と仲が悪い訳ではないのか?
九六子はこの前タマを陥れようとしていたぞ……?
愼志朗が苦笑いをしながら言った。
「九六子さんには若様からの頂き物だということは言わない方がいいかも知れないね」
「分かっている。だが皆に配っているのに九六子ちゃんにだけ配らないのは仲間はずれみたいになるから悩んだ末の決断だ。ただお茶とおやつの時間だと言って置いてくるつもりだ。愼志朗さん以外の人には龍之介からのもらい物だということは言っていない」
九六子に対する牽制のためでも私に媚びを売るためでも無く、どうやら本当に皆に美味しい物を食べさせたいだけのようだ。
そんなことをして一体何の利益があるというのか。九六子は妾のタマが憎いようだが、タマは本妻の九六子が憎くはないのか?
不思議に思っているとタマは「失礼しました!」と元気な声で言って部屋を出て行った。