総一郞のつぶやき・1
この世で最も大事なものは地位と財力と権力だ。
人々は皆地位の有無でその者の価値を判断する。
人々は皆財ある者に憧れる。
そして人々は皆権力に恐れ、ひれ伏し、権力者の意のままに動く。
この日、執務の途中で厠へ立つと、廊下いっぱいに広がって歩く女中たちの姿があった。
私は違和感を覚えた。
我が屋敷の女中達はあんなに仲が良かっただろうか……?いや、それよりも廊下に広がって歩くなどけしからん。
そう思っていると、私に気付いた女中たちは廊下の隅に一列に並び、頭を下げて私が通り過ぎるのを待った。
そうだ。女中たちも私の権力に頭を垂れ、恐れから口を利くことも出来ずにいる。
そのとき1人の女中が頭を垂れたまま「おはようございます!伯爵様!」と弾んだ声を出した。聞き覚えのあるその声はタマだった。
そういえば九六子が『本妻と妾の違いを分からせるためにタマさんに女中の仕事をお与えください。本人もそれを希望しております』と訴えて来て、龍之介も『タマが女中をやりたいと言っています』と言いに来たから女中をすることを許可した訳ではあるが、随分女中たちに溶け込んでいるな。
そう考えると同時に、タマ以外の女中たちも小声ではあるが「おはようございます。伯爵様」と皆が口々に言い始めた。
今まで女中が私に口を利くことなど無かったのに一体どういうことだ?
だがしかし、まぁ、たとえ相手が女中であろうと挨拶をされるのは悪い気はしない。
「ふむ。おはよう」
私はいつもより気分を良くしながら廊下を歩いた。
厠から戻ってきて執務をしていると、少し喉が渇いてきたから、私の執務を手伝っている愼志朗に「女中に茶を持ってくるよう言って来てくれ」と命じた。その次の瞬間、ドアからノックの音が聞こえた。
「おいしいお茶とお菓子をお持ち致しました!」
またもやタマの声である。
「入りなさい」