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龍之介の愛しのタマ・2

 お祖父様が言った。


「妾のところばかりへ行っているそうだが大事にすべきは本妻であることを忘れぬように」


「そのことですが、僕は妾など要りません。妻に迎えたいのはタマだけです。法律では明治初期に平民と華族の結婚を認めています。問題など無いはずです」


「問題は大ありだ。華族が、士族が、世間が認めんのだ。この世で最も大事なものは地位と財力と権力だ。その全てを持つ者がそのどれも持たざる者と一緒になるなど言語道断」


「この世で最も大事なものは愛と絆と優しさです。その全て持つタマを僕は愛しているんです。何度も言いますがタマ以外の女性と結婚する気はありません」


 そのとき九六子さんがシクシクと鼻をすすりながら泣き始めた。


「龍之介さまは幼き頃よりわたくしを慕ってくれておりましたのに何故今になってそのようなことをおっしゃるのですか……?わたくしにやきもちを焼かせたいにしても限度があります」


 僕には九六子さんの言葉が理解出来なかった。


 何を言っているのだろうか、この人は。僕がずっと好きなのはタマだし、そもそも幼い頃にこの人と会ったことなどない。


 お祖父様が落ち着いた口調で言った。


「一番最初におまえとの縁談を進めようとした相手は九六子さんだった。それをおまえが断った訳だが、それを許し、こうして再び縁談を持ちかけて来てくれたんだ。子どもの頃から知った仲じゃないか。九六子さんと結婚しなさい」


「それは出来ません。というより僕が九六子さんと初めて会ったのは1週間前です。1度お断りしている縁談なら、申し訳ありませんが今回もお断りさせて頂きます」


「覚えてないのか。おまえが子どもの頃から、九六子さんの実家である原家は九六子さんを連れてよくこの屋敷に来ていたじゃないか」


「……子どもの頃から……?」


 全く覚えていない。


 九六子さんは両手で顔を覆いシクシクと泣きながらいきなり立ち上がると「ずっとわたくしのことが好きだったくせに忘れたふりをするなんて酷いですわ!!!」と叫んで部屋を飛び出して行った。


 お祖父様は「九六子さん」と呼んだ後、少し面倒臭そうに吐息をつきながら席を立ち上がった。


「龍之介も来なさい」


 そう言い残すと、歩きながらではあるが九六子さんを追って部屋を出て行った。仕方ないので僕も席を立ってお祖父様について行った。


 廊下を曲がると、九六子さんは廊下の突き当たりの隅の台の上に置いてある、倉島家先祖代々伝わる大きな壺の前で立ち止まっていた。


 彼女はさっきまで泣いていたのが嘘のようにケロッとしている。


 お祖父様が何かを大声で言おうとして息を吸ったのが分かった。と同時に九六子さんは、いきなり壺を持ち上げると思いっきり壁に叩きつけた。 


 お祖父様は出そうとしていた声を引っ込めて固まっていた

 僕もあまりに衝撃的な出来事に何が起きたのか分からず呆然としていた。


 九六子さんは再び両手で顔を覆うとシクシクと泣き始めた。


「タ……タマさんが……タマさんがこの壺を割ってどこかへ行ってしまいました……!!!わたくしに罪をなすりつけるつもりなのですわ……!!!」


 そう叫びながら廊下に座り込み、大声で泣き始めた。


 僕とお祖父様はその姿に唖然としていた。



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