女中のタマ・3
「おはよう、タマ。ここでの仕事はどう?」
振り向くと龍之介が微笑みながら立っていた。
「おお!おはよう!ここでの仕事はハナさんが親切に教えてくれている!」
龍之介はハナさんに「タマをよろしくお願いします」と頭を下げた。
ハナさんも微笑んで頭を下げながら「タマさんはとても仕事の出来るかたで助かってます」と答えた。
龍之介は1週間前の夜あたしと結婚したいと言い出してから毎日のように花束や宝石をあたしの部屋に運んでくるようになった。
あたしは25歳の行き行かないだと言っても聞く耳を持たずに毎晩口説いてくる。なので「九六子ちゃんがいるだろう?」と言うと「あの子とは初対面だ」と答え、押し問答が始まる。
「あたしは龍之介をそういう対象として見ていない」
「じゃぁ今から見て」
「無理だ」
「好きだよ」
「あたしは好きではない」
「大好きだ」
「困る」
「結婚しよう」
「出来ない」
「一生大事にする」
といった具合に毎晩毎晩迫られる。
九六子ちゃんに対する罪悪感と同時に、今まで男に好意を持たれて迫られたことなど無いのでどうすればいいのかが分からずに困っている。
龍之介はあたしに優しく微笑んで言った。
「今日の夜も一緒に食事をしよう。タマの部屋に行くから待ってて」
「お……おお……」
また迫られるのだろうか……?
龍之介が去って行く背中を見ながらハナさんが弾んだ声で言った。
「やっぱり本命はタマさんね」
「お?」
「わたし11歳のときからここで女中してるけど、若様がここの屋敷に来た時からずっとタマさんと結婚するって愼志朗さんに話してて。聞き耳立てるつもりは無かったんだけど、事あるごとに聞こえてきていたから」
「そうなのか……?」
「ええ。だからあんな九六子なんて蹴散らして欲しいの」
「……九六子ちゃんと何かあったのか……?」
「九六子は子どもの頃からこの屋敷に出入りしてて、昔からわたしたち女中のことを平民だとバカにしてきたりして腹が立つのよ。平民が作った食べ物食べてるくせにさ」
「ハナさんの実家は農家なのか?」
「造り酒屋よ。潰れかけのね。だから女学校も行かせてもらえず追い出されてここにいるんだけど。それはさておき、九六子の奴はことあるごとに何癖付けてきたり、まぁいろいろあって、とにかくあの性格が気にくわないのよ」
「おお……そうなのか……」
その後、ハナさんとは朝食も昼食も一緒に食べて、日が暮れる頃にはおハナちゃん、おタマちゃんと呼び合う仲になっていた。
おハナちゃんは何度も「九六子には気をつけて」と言っていた。
九六子ちゃんはあたしを女中に戻してくれたいい人なのだがおハナちゃんには酷いことを言うらしい。2人はきっと性格が合わないのだろう。