九六子の運命の殿方
わたくしは美男子と世話係の会話に聞き耳を立てました。
「僕は強く賢くなり爵位を継いでタマと結婚する!!!」
「そうです!!立派な伯爵となり、タマさんの願いを叶えてあげましょう!!」
美男子のそのお言葉に更に心臓が飛び跳ね、身体中が熱くなりました。
い……今なんて……!!?
『僕は強く賢くなり爵位を継いでタマと結婚する!!!』→『僕は強く賢くなり爵位を継いで玉のような美しい女性と結婚する!!!』→『僕は強く賢くなり爵位を継いで玉のような美しい九六子と結婚する!!!』
『僕は強く賢くなり爵位を継いで玉のような美しい九六子と結婚する!!!』
きゃぁ――――っ!!!
わたくし、求婚されてしまいましたわ!!!
そう、わたくしは可愛くて美しくて全ての殿方に好かれております。
きっとあの美男子もどこかで見かけたわたくしにずっと想いを寄せていたのでしょう!!!わたくしはなんて罪な女なのでしょう……!!!
その日からわたくしは倉島の伯爵邸へ来る度に美男子こと龍之介さまを探しては、世話係との会話を盗み聞き致しました。
するとやはりことごとく『タマが好き』→『玉のような九六子が好き』『タマと早く一緒に暮らしたい』→『玉のような九六子と早く一緒に暮らしたい』とおっしゃっているではありませんか……!!!
わたくし達は長年ずっと相思相愛の仲なのです……!!!
去年の縁談では龍之介さまは照れ隠しから断ってきましたが、そのすぐ後にわたくしとのラブロマンスの小説をお出しになられました。
分かっております。龍之介さまは照れ屋なのです。
寛大なわたくしは、あちらから縁談を持ちかけてきたにも関わらず断られたことを許し、「恥だからやめなさい」と言う親の反対を押し切って、今度はこちらから縁談を持ちかけたのです。
そうしてようやく妻の座におさまる手前まできました。
なのにタマとかいう猫のような名前の平民の年増の行き遅れの不細工が妾になるなどと言ってやって来たではありませんか……!!!
わたくしと龍之介さまの間に割って入ろうとは言語道断。
しかし幸いタマはひねくれ者。
本当は妾になりたいくせに『妾などにはなりたくはない。あたしは女中に戻りたいのだ』などと言ったのが運の尽きです。口は災いの元、わたくしにとっては千載一遇。
そんなに望むなら女中に戻してやりますわ。
あとで何を言ってきても後の祭りです。
龍之介さまが愛しているのはこのわたくし。タマは邪魔者。わたくしと龍之介さまを邪魔する者は誰であっても許さないのです。