女中のタマ・2
屋敷に戻ると門番のお兄さんたちが「遅かったな」「小僧はどうした?」などと聞いてきた。
あたしは病院に行かせてくれた背の高いお兄さんに聞いた。
「男の子は重症だ。入院をしなくては死んでしまうので旦那様とお話ししたいのだがどこに行けば旦那様に会えるだろうか?」
「さぁ。それは俺たち門番には分からないよ。奥様ならいるんだけどね」
そのとき先生が低くて落ち着いた声で言った。
「奥様は今みえるのですね。僕は男児を診た町医者なのですが、中に通してもらうことは出来ますか?」
門番のお兄さんたちは顔を見合わせた。
病院へ行くのを止めようとした背が低いほうのお兄さんがあたしに顔を近づけた。
「俺たちは門番をしなくちゃなんねぇからここを離れることはできねぇ。お嬢ちゃん女中なんだろ?お嬢ちゃんが奥様に聞いてきてくれねぇか?」
あたしは背の低いお兄さんの丸い鼻から少し出ている鼻毛を見ながら答えた。
「分かった!!」
あたしは走った。
奥様はいつも本邸にいる。
本邸まで走った。
砂利石をジャリジャリと踏みしめながら、赤く染まった紅葉や桜の葉の下を駆け抜けていると、水の入った桶を運んでいるヨネに会った。
ヨネはつり目の目尻がいつもより少し下がった顔であたしに話しかけてきた。
「タマあんたいつまで離れの掃除してんだよ?もう昼飯の時間だよ」
あたしは立ち止まり、足踏みをしながら答えた。
「おお!!もうそんな時間か!!ならば奥様も食事中だな!!」
「多分そうだと思うけど」
「ちょっと行ってくる!!昼飯は後で食べる!!では!!」
あたしは再び走り始めた。
本邸の勝手口から入り、茶の間まで走ると、ふすまの前の廊下に正座をして奥様に話しかけた。
「お食事中失礼致します!!町医者の者が奥様を訪ねて来ているのですが、会っていただけませぬか!!?」
ふすまの向こうから、女性の上品だけど冷たい声が返ってきた。
「あら?こんな昼時に何の用かしら?町医者なんて家には関係ないはずだけど?」
「離れで暮らしている龍之介殿が生命の危機にさらされておりまして、入院の許可を頂きに参った所存でございます!!」
そう答えてすぐにふすまがスパンッと開いた。
顔を上げると、綺麗だけど意地悪な顔をした奥様が怒った顔で立っていた。