栄吉の愛しのタマ・1
この日、仕事から帰ってきた僕はタマにあげるために買ってきた金平糖ともなかを手に、タマが居るはずである茶の間へと足取り軽く向かった。
「ただいま――!タマ!金平糖ともなか買ってきたよ!!」
タマはきっと大喜びするだろう。そう思い、心を弾ませながらふすまを開けると、何故か布団が2組敷かれていて、母さんは布団の上で膝を崩して座り、ふすまの障子越しに差し込む夕陽に赤く照らされながら、ぼんやりと隣りに敷かれている布団を見つめていた。
「あれ……?タマは……!?」
母さんは僕に気付くと呆然とした顔と声で力なく言った。
「タマが……タマが伯爵家に連れてかれました……」
「伯爵家に連れてかれたって……なんで……?いつ帰ってくるの……?」
「……妾にされてしまって……もう帰っては来ません……」
「え……!!?なに!!?どういうこと!!?妾……!!?」
僕は思わず大声を出していた。と同時に僕の後ろから賢吉兄さんの怒りの声が飛んだ。
「伯爵家……!!?妾……!!?龍之介か!!?あいつふざけた真似しやがって……!!!」
いつもより帰りの早い賢吉兄さんが持っている風呂敷の結び目からはタマの好きなキャラメルとミルクチョコレートが溢れ出て見えていた。
その後ろにはいつの間にか諭吉兄さんが居て、青ざめた顔で「嘘だろ……!!?」とつぶやいた。
諭吉兄さんはみたらし団子から苺まで手当たり次第に買ってきたらしい食べ物を両手いっぱいに抱えている。諭吉兄さんもまたタマにあげたくて買ってきたのだろう。
タマを卑怯な手で奪っていった龍之介に腹を立てた僕は母さんに問いかけていた。
「伯爵家ってどこの伯爵家……?」
「……倉島伯爵よ……」
「倉島……」
僕と諭吉兄さんと賢吉兄さんの声が重なった。
諭吉兄さんが眉を寄せた。
「聞いたことある……うちの取引先で取引してる所があるから屋敷の場所は聞けば分かるかも」
「なら明日にでも聞いてきてタマを迎えに行こう!!!」
僕がそう言った後に賢吉兄さんが言った。
「正面から行ったところで門前払いされるだけだ。策を練って行ったほうがいい」