タマの戸惑い
奥様は白髪のお爺ちゃんに言った。
「この者は足を怪我しておりまして正座をすることができません」
お爺ちゃんは優しい笑顔で答えた。
「ああ、構わんよ。足を崩して座りなさい」
あたしは下男に白いフワフワの座布団の上に下ろされてぺちゃんこ座りをした。
あたしを下ろした下男はそそくさと客間から出て行くと廊下に正座をして「失礼します」とふすまを閉めた。
お爺ちゃんはあたしにニコニコとしながら話し始めた。
「タマさんといったかな。私は龍之介の祖父の総一郎といいます」
そう言って頭をペコリと下げたのであたしもペコリと頭を下げた。
龍之介の祖父があたしに一体何の用なのだろうか?
龍之介の祖父は続けて言った。
「実はタマさんに話があって来ました。龍之介が昨晩あなたを遊郭で身請けしたのにあなたを自由にしたと聞きまして。それでは筋が通らないと思いませんか?我が伯爵家に来て龍之介の妾になって頂くために連れに来た次第です」
「あたしは身請け金の千円は返すつもりです。なので身請けはされていません」
祖父は「ん?」と声を漏らして目を見開くと「フッ」と鼻で笑い「それはそれは」と頬を緩めた。
「返すあてはあるのかな?」
「ありませんが生活を切り詰めて一生かけて返します」
「龍之介の妾になった方が千円を返さなくてもいい上に贅沢な暮らしが出来る。そんな意地を張らずに妾になったほうが賢いと思うが?」
「あたしは25歳の行き行かないです。妾にはなりたくありません」
祖父はあたしをジッと見つめて「ふむ」と何やら考え込み始めた。
そのとき、あたしの隣で黙って会話を聞いていた奥様が口を開いた。
「その千円ですが、我が松尾家でお返し致します。うちで働いている女中を助けるために支払って頂いたお金ですから松尾家からお返しするのが筋かと存じます」
祖父は奥様をジッと見た。
「女中1人にえらく肩入れするのですね。それは他の女中が同じ目に遭ってもそうされるのですか?それともこの女中が特別だからそうおっしゃるのですか?」
「この者は我が邸宅で長年勤めて参りました。情のひとつやふたつ湧いてもおかしくはないでしょう」
「我が屋敷にも長年勤めている女中はおりますが、そのような情が湧いたことはありません。タマさんと同じだけの年月を働いた女中には漏れなくそのような情がおありなのですか?」
「……この者と同じくらいよく働く女中がいればそうなることもあるかも知れません」
「つまり、タマさんが特別ということですね?」
奥様の顔が真っ赤になった。
「だ……だったら何だと言うのですか……!!?」