女中のタマ・2
あたしは走った。走って走って走り抜いて純平先生の自宅兼診療所の引き戸をスパ――ンッと開けた。
廊下の椅子に座っているおじいちゃんとおばあちゃんが驚いた顔でこっちを見ていた。
あたしは叫びながら草履を脱いで廊下に上がった。
「純平先生!!!男の子が死にそうなんだ!!!助けてくれ!!!」
診察室から出てきた先生が「タマちゃん?」と、細い目を見開いて丸くさせた。先生の後ろからは杖を突いたおばあちゃんが出てきた。
先生は「その子どうしたの!!?」と、近付いて龍之介を見るなり「こりゃ大変だ!!!」とあたしの背中から龍之介を抱き上げた。
興奮した先生は廊下で待っているおじいちゃんとおばあちゃんに慌てた口調で聞いた。
「すみませんがこの子先でもいいですか!!?」
おじいちゃんとおばあちゃんは耳が遠いらしく「あ?」と聞き返していた。
先生は龍之介の着物を脱がせるとあばらが出ていて体中に赤いブツブツと腫れがあることに「これは酷い」と怒ったような声を出した。
「栄養失調から色んな病気を発祥しているね。この子の親は?」
「松尾の旦那様だ!!!龍之介は妾の子だから奥様が意地悪をしてこうなったらしい!!!旦那様はほったらかしだそうだ!!!」
「……ちょっと厄介だが放っておく訳にもいかないからね。しばらくここに入院させよう。屋敷の旦那様に許可をもらいたいのだけど、連れてくることは出来るかな?」
「旦那様は1回しか見たことがない。だが待ち伏せをして話してみる!!!」
純平先生はあたしの顔を見ながら「そうか」となにやら考え込んだ。
「よし!分かった!!僕も一緒に屋敷へ行こう!!廊下で待っている患者さんを診たら行くからちょっと待っててくれるかな?」
「分かった!!」
純平先生は2階の自宅にいる奥さんを呼ぶと、病室に寝かせた龍之介の着替えや水分補給を頼んでいた。
純平先生の奥さんは純平先生と雰囲気が似ている。
たれ目でいつも笑顔に見える優しい顔をしていて、声も性格も全部が優しい。
2年前に純平先生が結婚したときはとても衝撃を受けたけど、奥さんとしゃべったら奥さんのことも好きになったので、先生のことは諦めた。
それでも純平先生に会うといつも胸がキュンとなって嬉しくて楽しくて苦しくなる。
奥さんと純平先生が仲良くしているところを見ると笑顔にしているほっぺたが痛くなって、でも笑顔をやめたらいけない気がして、酸っぱい唾が出てきて辛くなる。
純平先生は患者さんを診た後ドアに休診の札をぶら下げた。そして机に向かって便箋に何やら書いて白い封筒に入れるとあたしに振り向いて「行こうか」と微笑んだ。
あたしの胸はキュンとして嬉しくて苦しくなった。