龍之介の憤慨
僕はお祖父様を睨んだ。
「タマが死んだと聞かされて僕がどれだけ絶望したかお分かりですか……!!?」
「そこまで恋い焦がれていたからこそ死んだという嘘をつく必要があったのだよ。だがこうなったからにはそのタマとやらは妾として迎え入れてやる。ただし妾というからには本妻が必要。私が勧める令嬢と結婚をすることが条件だ」
「そんな条件僕は呑みません!!!伯爵の地位なんていらない……この屋敷から出て行きます……!!!」
僕はお祖父様に背中を向け、玄関のドアを開けようとした。と同時にお祖父様が背中越しに言った。
「さっき吉原で女中を身請けしたと言っていたが、その金は我が伯爵家のものだろう……?おまえが出て行くと言うならその身請け金は女中の借金ということになるがいいのか……?」
「僕はもう働いています……!その取り分から身請け金を出したまでです……!!」
「おまえがしている仕事は全て我が伯爵家の跡取りとして与えられた仕事だ。おまえ個人に取り分はない。だが跡取りでいる限りは全財産がおまえの取り分となる。考えたほうがいい。跡取りをやめて女中に借金を負わせ、貧しい生活を送らせるのか、このまま跡取りになり女中と結婚は出来ずとも妾にして贅沢な暮らしを与えてやるのとどちらが女中の幸せなのかを」
僕は何も答えることが出来なかった。
悔しくて情けなくて腹立たしくてどうしようもない気持ちになりながらも玄関のドアを開けることが出来ず、うなだれた。
タマに借金を背負わせる訳にはいかない……――いや、それだけの理由ではない。
そもそも僕はタマを幸せにしたくて伯爵邸で頑張ってきたんじゃないか。吉原でも華族という地位がタマを守るのに役立ったし財力があるからこそすぐにタマを救い出すことが出来た。
何よりもし伯爵家を出て1から財を築くならばタマをお嫁さんにもらったときに苦労させることになりかねない。
爵位は継ぐ。そしてタマとも結婚する。
どうすればいいのかなんて分からないけど、とりあえず冷静になる必要がある。
僕はドアノブから手を放した。
お祖父様が優しい声で言った。
「近々おまえの大好きな女中をこの屋敷に連れて来てやる。13年越しの願いが叶うんだ。大いに喜びなさい」