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諭吉の愛しのタマ・1

 レストランを出て松尾邸に到着すると、門が開けっぱなしになっており、ようやく来たらしい警察たちが出入りしていた。


 賢吉が門の前で自動車を停めると、俺は自動車を降りて警察にタマが見つかったことを伝えに行った。


 賢吉の自動車の前にはタマと龍之介が乗っているタクシーがあり、警察はタマに視線を向けながらタマから後で話を聞きたいと言い、門の周りでうろうろとしている他の警察たちにどくように一喝した。


 タクシーと賢吉の自動車はゆっくりと門をくぐり、2台とも本邸の玄関前で停車し、龍之介がタマを抱きかかえてタクシーを降りると、女中たちをはじめ、心配で来ていたタマの母親と祖母、それに町医者がタマの周りに集まった。


「タマ……!!!」

「無事でよかった!!!」

「タマちゃん!!!」


 皆、涙を流していた。


 涙を流しながらも女中の何人かが龍之介をチラチラを見始めた。


 小声で「あのかた龍之介さまじゃないかい?」とザワつき始めたので俺は咄嗟に「友蔵!!タマを運んでくれてありがとな!!」と龍之介に声をかけた。


 龍之介は驚いた顔で俺を見た。


 女中たちは「友蔵だって」「龍之介さまがここに来るわけないだろ」「友蔵さんも格好いいわ」などと話し、騙されてくれた。


 その様子を見た龍之介は口角を少し上げるとタマを抱きかかえたまま俺に会釈をした。


 タマを抱きかかえていることには腹が立つしヤキモキもしているが、それとこれとは話が別だ。


 龍之介にとってこの家にはいい想い出など無いだろう。


 なにより母さんとの再会は気まずいのでは無いのだろうか。


 だがせめて名前さえ違えば、他人のふりくらいは出来るはずだ。


 賢吉が女中たちに「ちょっとごめんよ」と言いながら間を割って龍之介の前に立つと、「ここからは俺が運ぶ」と両手をタマの背中と膝裏に添えようとした。


 龍之介は一瞬眉を寄せて腕を引き、タマを渡すのを拒む素振りを見せたが、龍之介の周りには女中たちが囲んでいて逃げることが出来ない。


 賢吉は無理やり龍之介からタマを奪い、タマを抱きかかえた。


 それを見ていた母さんが賢吉の背後からタマに近付くと、タマの頬に右手を添えながら「元気そうね」と無愛想な表情と口調で言った。しかし母さんの目には涙が溜まっていて、顔も少し赤くなっていた。


 俺は知っている。


 タマが子どもの頃、母さんがどれだけ怒鳴り散らしても物怖じせずに話しかける姿に母さんはいつしか心を開き始め、他の女中より特別扱いするようになり、口では「バカ娘」と言いながらも可愛がっていたことを。


 この日、母さんは、本邸の客間で町医者にタマの足の裏の手当をさせると、その金を支払い、そのまま本邸の客間にタマの母親と祖母を泊め、タマも同じ部屋で寝かせた。


 タマにも来客用の布団と来客用の浴衣が与えられ、タマは戸惑っていたが、母さんはきっとタマが無事だったことが嬉しくて仕方なかったのだと俺は感じていた。


 と同時に、財ある家の長男の身ではあるが、所詮平民。もしかしたらタマとなら家柄が違っても結婚を許してもらえるのではないかという考えを持ち始めていた。



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