諭吉の愛しのタマ・1
俺たちは吉原から少し離れた場所にあるレストランで食事を取っていた。
席はタマの右隣りには賢吉、左隣りには龍之介が陣取った。
俺もタマの隣りの席を狙っていた訳だが、少しの迷いと遠慮がこの結果を招いた。
まずタマと一緒にタクシーに乗った龍之介がそのままタマを再び抱き上げてレストランまで運んだ。
龍之介がタマを椅子に座らせている間にその席の隣りに座ることも出来たのだが、なんとなくそれは公平ではない気がしたので龍之介がタマを座らせるのを終えるまで待った。
だがそのとき、賢吉が何食わぬ顔でタマの隣りに腰掛けた。
それに気を取られているうちにいつの間にかタマを椅子に座らせ終えた龍之介がタマの隣りに腰掛けた。
呆然として立ち尽くす俺の横には厠に行っていた栄吉が立っていて「あ!!僕もタマの隣がよかった……!!」と大きな独り言を言った。
といったいきさつではあるが、ポークカツレツを頬張るタマの口の周りには僅かにカツレツの油が付いており、それを見た賢吉が優しい口調で言った。
「油ついてるぞ」
タマはキョトンとした顔で「ん?」と眉頭を上げて賢吉に顔を向けると、賢吉は微笑を浮かべながらフキンで優しくタマの口を拭いていた。
拭き終わるとタマは「ありがとう」と笑顔になった。
クソ……!!!俺があれをやりたかった!!!
これにヤキモキしたのは俺だけでは無かった。
栄吉も悔しそうな顔と声で「タマにあんなことしていいのかよ!!?」と大きな独り言をつぶやき、龍之介にいたっては賢吉に対抗し始めた。
「タマ!!こっちにも油付いてる!!!」
そう言って敵対心丸出しの口調とは相反してタマの口角を優しい手つきで拭いた。
そして俺も賢吉も龍之介も栄吉も全員がタマにあれこれ食い物を与えた。
「タマ!!!これ美味いから食ってみろ!!!」
「こっちも美味いぞ!!!」
「デザート全部頼んだよ!!!好きなの食べて!!!」
「タマは団子が好きなんだよな!!?」
タマは「お……おお……」と声を漏らしながら目を丸くさせて俺たち4人が差し出す皿を見回した。
俺はハッとした。
タマが困っているではないか……!!!
そう俺が気付いたと同時に賢吉がタマに言った。
「すまない、タマ。困らせてしまったな。こんなふうに複数人から1度に言われたら困惑するよな」
俺が言おうとしたことを……!!
そもそも賢吉は子どもの頃からそうだった。涼しい顔で要領よく立ち回り、最後に1番おいしいところを持って行くんだ。
それに対してタマは笑顔になった。
「困ってなどいない。ただ皆がお薦めしてくれるものはどれも美味しそうだから、どれから食べようか迷ってしまう」
皆の顔を笑顔で見回すと満面の笑みで「ありがとう」と言った。
俺の中でキュンという音が鳴り響いた。
栄吉と賢吉と龍之介がそれぞれ「タマ……」とつぶやき、見ると全員頬を赤く染め、タマを見る目が輝いていた。