龍之介の愛しのタマ・1
喪拉破さんは引き続き面白がっているような口ぶりで言った。
「あれは売られて来たばかりの娘だな。足抜けなど出来る訳ないのにな。あとで死ぬほど折檻を受けるぞ」
「折檻……!?」
「ああ。足抜けに失敗した遊郭の女は酷い折檻を受けて死ぬこともあるらしい。身請けされるまで大人しく言うことを聞いて股を開いていればよかったものを」
僕は言い知れぬ嫌悪と怒りを覚え、喪拉破さんの手を肩から思いっきり払っていた。
「あなたは遊女を汚れだと言ってましたよね?なのにその汚れになることに抵抗して逃げる彼女に黙って遊女になればよかっただなんてよく言えますね!!?」
僕はタマに似た彼女のほうに向かって走り始めていた。
そのとき、男たちに追いつかれた彼女は腕を掴まれ羽交い締めにされた。
複数人の男に囲まれた彼女は叫んだ。
「あたしは女郎ではない!!!女中のタマだ!!!松尾邸に帰してくれ!!!」
その声を聞いた瞬間、僕の背筋に雷に打たれたような衝撃が駆け抜けた。
心臓が激しく波打ち、頭の中は真っ白になった。
――どういうことだ……!!?
彼女は再び叫んだ。
「放してくれ!!!誰か助けてくれ!!!」
我に返った僕はタマを乱暴に押さえつけている男たちに腹の底から叫んだ。
「彼女から手を放せ!!!乱暴にするな!!!」
その声に男達が僕に視線を向けた。僕は続けた。
「僕が彼女の身請けをする!!!だから彼女から手を放せ!!!」
僕は男達の中に割って入り、タマを羽交い締めにしたりタマの頭を押さえつけたりしている男達の手を引き離しタマを僕の懐に寄せて守った。
男達はザワついた。
「俺こいつ知ってる!!女に人気のある華族だ!!!」
そう言った男の頭を別の男が思いっきり叩いた。
「バカヤロウ!!!こいつじゃねぇだろ!!!華族様だろ!!!牢獄にぶち込まれたいのか!!?」
華族というだけで人々は僕に恐れを抱く。
男たちの反応を見回しながら考えた。
元はといえば僕が伯爵家で華族として頑張って来たのは全てタマと結婚するためだった。
ならば華族としての権力、今使わずにいつ使うのか。
男達は一斉にタマと僕から2、3歩後ろに下がって離れた。
髪を乱したままのタマが呆然としながら僕を見上げた。
その顔、その澄んだ瞳、毎日のように想像したその姿。成長しても分かる。間違い無くタマだった。
僕の心臓は大きく早く波打ち、全身には鳥肌が立っていた。
死んだと思っていたタマ……
ずっと会いたかったタマ……
タマが生きて目の前にいる……!!!
僕は震える手でタマの背にゆっくりと手を回すと強く抱きしめていた。