女郎のタマ
親玉……ということはこの親玉に頼めば帰れるかも知れないのだな……?
親玉はあたしと目が合うなりニヤニヤと笑った。
「目を開けたらますます美人だな。これは金になるぞ」
「あたしは女中のタマだ!!!女郎ではない!!!松尾邸に帰らせてくれ!!!」
「おまえは女郎だ。16歳だと聞いているが本当か!?」
「あたしは25の行き行かないだ!!!」
「なに!!?25!!?高値で売れなくなるじゃねぇか!!!16になれ!!!」
「無理だ!!!」
「おまえは16の生娘だ!!!それで売り出す!!!」
「あたしは売り出さない!!!」
「なんだとぉ~!!?」
親玉は顔を真っ赤にさせて怒った。
あたしは窓の外に視線を向けた。
すぐそこに1階の屋根がある。1階の屋根からなら下に降りて逃げられるかも知れない。
キヨの腕を掴んだあたしは言った。
「一緒に逃げよう!!!」
それを聞いた親玉がまたもや怒った。
「なんだとぉ~!!?逃げる気か!!?」
キヨはあたしの手を掴むと自分の腕から放した。
「やめた方がいいよ。あたしは逃げないから」
「何故だ!!?」
そのとき親玉が背後に子分を3人連れてあたしの方へ早足で近寄ってきた。
あたしは慌てて窓を乗り越えて屋根の上に降りた。
「キヨも一緒に逃げて亀太郎と一緒になるのだ!!!」
キヨは冷めた顔と口調で言った。
「ここからは逃げられない。タマも逃げるのはやめた方がいい。死ぬ目に遭う」
そうこうしているうちに親玉が窓まで来ていてあたしを掴もうとする手が伸びてきたので急いで逃げて屋根の端っこに捕まって地面に下りようとした。
しかし思ったより高くて、困ったあたしは足をブランブランとさせながら地面に飛び降りる間を見計らった。
そのとき親玉も屋根に下りてきた。
「逃げられると思うなよ!!?」
親玉は顔を赤くさせて怒っている。
あたしは慌てて屋根から手を放した。怖くて目を閉じていたが足とお尻に受けた衝撃が思いのほか柔らかくて、目を開けると亀太郎があたしの下敷きになっていた。
驚いたあたしは亀太郎から下りた。
「おお!!!すまない!!!大丈夫か!!?」
亀太郎を起こそうとしたとき、亀太郎はあたしにか聞こえないような小さな声で言った。
「早く逃げて」
ハッとしたあたしは顔を上げた。
親玉と子分がしま屋の玄関からガラリと出てきた。
あたしは亀太郎に「すまない」と言い残すと裸足で走り出し、2階の窓際に居るキヨに振り向きながら大声で言った。
「必ず助けに来る!!!」
キヨは無反応だった。
「おい!!!遊女が逃げてるぞ!!!」
「捕まえろ!!!」
あたしを追う男がどんどん増えていった。
あたしは走った。
久しぶりに走って走って、とにかくこれでもかというほどの全力で走っていた。