女郎のタマ
目を覚ますと黒ずんでいる古い木で出来た知らない天井が視界に飛び込んできた。
あたしは起き上がって部屋を見回した。
「……ここはどこだ……?」
あたしが寝かされていたお布団は赤くて派手だった。6畳ほどの広さがある部屋に敷き詰められた畳はすり切れている。
壁際に置かれている鏡台にはおしろいや口紅や沢山の派手なかんざしが置いてあって、どう考えてもあたしの知っている場所ではない。
開けっぱなしの窓からは夕焼けが差し込んでいて全てが赤く染まっていて、向かいの家の屋根が見えたのでここが2階だということが分かった。
ふすまの向こう側からはざわざわとした人の声とたまに笑い声が聞こえる。
廊下を歩く足音がいくつかしていて、そのうちのひとつがこちらに近づいてきてふすまがガラリと開いた。
開いたふすまから姿を現したのは綺麗な着物とかんざしを身につけ、おしろいで真っ白になった綺麗な女の人だった。
あたしと目が合ったその人は心配そうな声で聞いてきた。
「あんた気絶したままうちの店に売られてきたんだよ!?売ったのは女衒だったみたいだけど誘拐されたとかじゃないのかい!?」
「ここはどこだ?」
「吉原のしま屋だよ。女郎が働く場所さ」
そう言いながらあたしの前を通り過ぎた綺麗なお姉さんは窓際に腰を下ろした。あたしはお姉さんと目を合わせて喋った。
「あたしは女中のタマだ。松尾邸の女中なので松尾邸に帰らなくてはならない」
「そうか。あんたやっぱり誘拐されて来たみたいだね。可哀想だけどあんたはもう女中じゃなくて女郎だよ」
「人身売買は禁止されているのにあたしは売られてしまったのか!!?あたしはもう女郎になってしまったのか!!?」
「そうだよ」
女郎とは金で男と寝屋を共にする仕事だとヨネやヤエ達が言っていた。
純平先生の顔が思い浮かんだ。
心がチクンと痛んだ。
それは嫌だ。
断固として嫌だ。
好きでもない男と寝屋を共になどしたくはない。
「どうすれば女中に戻れるのだろうか?」
「女中に戻れるかは分からないけど、ここを出るには借金を返すまで働くか身請けになってくれる男が現れない限り無理だよ」
「借金……借金などした覚えがないのに何故借金があるのだ!!?身請け……ここから出してくれた男の妾になるということか……もうあたしは元には戻れないのか……!!?」
「妾とは限らないよ。計算や読み書きが出来れば商人が妻として迎えてくれることもあるらしいからさ」
「妻か妾ということか。あたしは行き行かないつもりだったが行き行かなくても沢山の好きじゃ無い男と寝屋を共にしなくてはならないのか……妻か妾か大量寝屋というわけか!!?」