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諭吉の周章

 長男である俺は松尾商会を継ぐ為に親父の補佐をしている。


 親父は仕事が終わるといつも吉原へ向かうように自動車の運転手に命じるので俺は仕事が終わったら乗合バスか電車かタクシーで家へ帰る。


 この日、取引先からは電車しか交通手段が無く、電車を降りてから20分ほどの道のりを1人で歩いていた。


 陽は沈みかけており、(だいだい)色の光だけが遠くの民家の向こう側から漏れていて景色を橙色に染めていた。


 橙色の道には、心なしか肩を落とした栄吉と我が邸宅の女中が向こう側から歩いて来ている。


 女中はタマといつも一緒に居る女性だが栄吉と仲がいいわけでは無いという認識だった為、その意外な組み合わせに違和感を覚えた。


 先に松尾家の門の前に到着した俺は立ち止まって2人が来るのを待った。


 待っていると門番をしている背が低い、たしか畑とかいう門番が話しかけてきた。


「お……お嬢ちゃんが……」


 背が低くて気付かなかったが鼻水を垂らして号泣している。

 

 袖で涙を拭いながら続けて言った。


「タ……タマのお嬢ちゃんが……人さらいに遭っちまって……!!!」


 俺は一瞬この門番が何を言ったのか理解出来なかった。


「……今なんて……?」


 そのとき栄吉と女中が俺の前まで来て立ち止まった。


 顔面蒼白の栄吉が俺を見ているのに見ていないような、漠然とした力ない目をしており、少し溜めてから小さな声で言った。


「タ……タマが……居なくなった……」


「……タマが……!!?」


 俺は、タマは屋敷の誰も行かないような場所で掃除をしていて、それをみんなが騒いでいるだけでは無いのかと考えていた。いな、そう思いたかったのだ。


 栄吉は目に涙を溜めながら力ない声で続けた。


「……最近……この辺に……女ばかりを狙う不審者が出ていたらしくて……タマが持っていた風呂敷が落ちていて……」


 栄吉の隣りに立っていた、つり目の女中が嗚咽を漏らしながら泣き始めた。


 

 俺の全身に冷たい電撃が駆け巡った。


 脳裏にはタマが子どもの頃から最近までの、菓子をやったときにいつも目を輝かせて喜んでいた姿が走馬灯のように過り、俺の心臓は早く波打っていた。


「嘘だろ……!!?」


 タマは今朝も元気に洗濯をしていた。


 俺は毎朝タマの姿を見てから出勤するのが日課だった。


 昼前に団子をやりに帰った時もいつもと同じように嬉しそうにしていた。


 昼前まではあんなに元気だったのに居なくなっただと……!!?人さらい……!!?


「警察には!!?」


 俺が栄吉にそう問いかけたとき、自動車の音がして皆そっちへ注目した。

 

 そこには赤いキャデラックに乗った賢吉の姿があり、俺たちの前で自動車は停まった。

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