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龍之介の思ひ人

 タマが亡くなったと聞いてから1年が経った。


 肺炎で亡くなったとタマの父親から手紙をもらった直後はあまりに衝撃が強すぎて吐いた。吐いて頭痛と耳鳴りと目眩に襲われ気を失った。


 それからしばらくは無気力になり、タマからもらった百色眼鏡を握りしめたままベッドの中でただひたすら涙を流していた。


 このまま何も食べずにいれば死ねるだろうか。

 死ねばタマに会えるだろうか。


 そんなことばかり考えていた。


 絶食をして2日目に愼志朗さんが僕に諭すような声で言った。


「若君の命はタマさんが助けた命です。若君が生きていることがタマさんが生きた証になるのです」


 僕は枕に顔を伏せたまま返事をしなかった。

 愼志朗さんは静かな声で続けた。


「若君が幸せになることがタマさんの幸せに繋がります。どうかタマさんの為にも強く生きてください」


「……タマの居ない世界なんて生きている意味がない……」


「……タマさんは若君の中で生きてます……若君が前向きに生きることをタマさんも望んでいるのではないでしょうか……?」


 10歳のときにタマに助けられたあの日、タマが僕にかけた言葉が脳裏を過ぎった。


『おまえを助けずに生きるくらいならおまえを助けて死んだほうが後味がいいというものだ!!あたしは何がどうあれおまえを助ける!!!』


『苦しいのは今だけだ!!!』


『頑張れ!!!』


『頑張れ!!!』


『頑張ってくれ!!!』



 僕を背負って走るタマは息を切らせながら何度も『頑張れ』を繰り返していた。

 

 タマからは日向と土の匂いがしていて柔らかくて温かくて優しくて強くて僕は生きる希望をもらったんだ。


 涙まみれの目からは更に涙が溢れ出し、嗚咽が込み上げた。


 そうだ。タマは僕を助ければ病気が伝染って死ぬかも知れなかったのに迷わず助けてくれた。


 この命はタマにもらった命なんだ……!!!



 苦しくて悲しくてどうしようも無かったけど僕はタマのために生きることにした。


 タマは居なくなってしまったけど、僕の心の中には常にタマが居て、タマが希望で、未だにタマに見合う男になるために頑張っている自分がいる。




 塞ぎ込むのをやめてからすぐにお祖父様は僕に縁談を持ってくるようになった。


 僕はタマと一緒になれないのなら一生独り身でいいし、好きでもない相手と結婚しなくてはならないのなら、伯爵家跡取りの権利を放棄したいとの旨を伝えた。


 するとお祖父様は「気に入った相手が居ればでいい」と言って無理強いはしなかったが、それでも次から次へと縁談の話を持って来ることはやめないでいる。



 タマと最後に会ったのはもう10年以上も前になるというのに僕の心の中に居るタマの顔はとても鮮明で、もし生きていたらきっとこうなっているだろうという空想のタマは僕の妻になっている。


 心はどこまでも自由だ。


 僕は心の中のタマと生涯を共にし、いつか永遠の眠りについたときには、本当のタマに会って一緒に笑い合い、たくさん色んなことを話して永遠の時間を過ごしたい。それが今の僕の唯一の願いであり希望なんだ。




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