愼志朗の罪と罰・2
そしてそれから更に半年が経ち、若君が屋敷に来てから1年が経っていた。
1年絶てばタマちゃんの年期が開けると嘘をついてから1年が経った今、俺は若君に次の嘘を付くために、百色眼鏡と偽物の手紙を手に若君の部屋を訪ねた。
「タマさんは訳あってしばらく東京を離れるそうで……手紙と贈り物を預かって来ました」
若君は眉を寄せて目を大きく見開かせた。顔を青ざめさせながら「うそ……」とつぶやくように言うと俺の手から手紙をかっさらった。
手紙の内容はこうだった。
『りゅうのすけへ
げんきにがんばっているようであたしはうれしい。あたしはしばらくこうべのおとうちゃんのところへいくことになった。とうきょうにかえってきたときはりゅうのすけといっしょにくらしたい。それまであたしのたからもののひゃくいろめがねをあたしだとおもってそばにおいてまっててくれ。タマ』
神戸には俺の実家があり、その住所をタマちゃんの父親の住所ということにした。
若君は事あるごとにタマちゃんに会いに行きたいと言っていたので、若君が1人では会いに行けない程遠い場所へ行ったことにする必要があったのだ。
若君から預かった手紙はポストに持って行かずに俺が封を切って読んで返事を書き、その返事と我が屋敷の宛先を、便箋と封筒にいつもと同じ文字で代筆屋に書いてもらい、その封筒にその便箋を入れて封をして切手を貼る。それを更に一回り大きな封筒に入れて神戸の実家へ送り、中に入れてある若君宛の封筒を神戸のポストに投函してもらった。
こうすることで消印が神戸になる。
若君はすっかり信じ込んでいた。
タマちゃんと暮らせる日が遠のいたことにはこの上なく落胆していたが、手紙で繋がっていると信じ込んでいる若君は引き続き勉学に打ち込んだ。全てはタマちゃんを妻にするために。
しかしその甲斐あって経歴簿は毎回ほぼ10を取るようになっていた。これには旦那様も大喜びをした。
華族である若君は大学には試験無しで入学出来るが、将来我が伯爵家の事業を担う者としては優秀である必要があったからだ。
その日、若君のことで旦那様に書斎に呼ばれた俺はあまりに残酷な命令を受ける。
「龍之介が22で大学を卒業したら身分相応の令嬢との縁談を進める。大学卒業までは今のまま手紙で龍之介の向上心を維持させ、卒業したと同時に女中の父親からの手紙を書け。女中はこの世を去ったとな」