龍之介の絶望と希望・2
退院してから体力をつけるために医者の先生に付き添われながら少しずつ身体を動かした。
朝昼晩は消化に良くて栄養のある食事ばかりが出された。
そうして2週間も経つと僕はすっかり元気になり、走ることも出来るようになっていた。
僕の中でタマの声が思い出された。
『苦しいのは今だけだ!!!おまえもすぐに元気になって他の子どもたちと同じように遊べるようになるからな!!!』
中庭の大きな池の周りには桜と紅葉の木がたくさん植えてあって、橙や黄色くなった桜の葉と赤い紅葉の葉が木枯らしに吹かれて散っている。
僕は紅葉の葉を拾って喜ぶタマの姿を想像していた。
「僕、元気になったよ、タマ……」
タマに語りかけるようにつぶやいていた。
家庭教師の先生が来たのはそれから3日経った日の朝だった。
青黒くてほっぺたが垂れ下がりシワクチャな顔をした先生は、白髪頭にひょろりとした細い身体をしていて、茶色い背広を身にまとい、丸い黒縁眼鏡をはめている。その牛乳瓶の底のようなレンズの奥にある目は小さいのに白目が多いのでぎょろぎょろとして見えた。
僕の部屋でお祖父ちゃんが先生を紹介した。
「過去に学習院の教師をしておられた冬島先生だ。龍之介が学校へ行けなかった3年間分の勉強を見てもらうことになった」
無表情の先生に僕は緊張しながら頭を下げた。
「よ……よろしくお願いします……」
冬島先生は冷たい目をしていて僕を見下ろしながら何も反応しなかった。
勉強が始まると先生は黒い鞄からノートを取り出し、僕の前に広げた。そこには手書きの算数の問題が沢山書かれていて、僕はそれを解かされ、解けないところがあるとその解き方の説明を受けた。
先生は淡々としたしゃべり方だった。大雑把に説明するので分かりにくくて何度も質問をした。すると不機嫌になって怒鳴り出した。
「俺の説明が分からんとはとんだ出来損ないだな!!!知ってるか!!?ここの当主がおまえのことを何て言って俺に頼んで来たか!!?出来損ないの娘から生まれたから出来損ないだろうが頼むと言って来たんだ!!!全く出来損ないの相手は骨が折れるわ!!!」
僕は後頭部を硬い物で思いっきり殴られたような衝撃を受け、心の奥底に太くて鋭い釘が打ち付けられたような痛みを、ドクンと大きく飛び跳ねた心音と共に覚えた。
「……お……お祖父ちゃんがそんなことを……」
「華族のくせに『お祖父ちゃん』とは言葉遣いもなっとらんな!!!普通は『お祖父様』だろ!!?」
冬島先生の憎しみに満ちた意地悪な言葉で出来た釘が、早く波打つ僕の心音と共により深くに食い込んでいく。
その後、勉強が出来ない僕は問題が解けない度に怒鳴られ続け、あふれ出る涙を我慢しながら何とか勉強を呑み込もうとしたけど呑み込めず、やっぱり怒鳴られ続けた。そしてそれは昼食を挟んで夕方まで続いた。