龍之介の素性
うつむく僕に愼志朗さんは続けて言った。
「最初は戸惑うことも多いと思いますが、いずれこの屋敷も何もかも全て若君のものになりますから」
「え?」
思わず顔を上げて愼志朗さんに視線を向けた。
愼志朗さんは優しい目で僕を見ていた。
「若君は伯爵家の大事な跡取りですから」
「伯爵家……?跡取り……?」
「はい。若君の母君である美鶴様の弟君が男児のお子を残さずにこの世を去ってしまわれましたので、伯爵家の血を引く男児はもう若君しか残っていないのです」
「……お母さんは伯爵家の子だったのですか……?」
「ええ。旦那様と仲があまり宜しくなく18のときに屋敷を出て行かれて疎遠にはなっているようですが」
「……お祖父ちゃんは跡取りが欲しくて僕をここに連れてきたのですね……」
悲しい気持ちで聞く僕に愼志朗さんは意味深な笑みを浮かべた後に答えた。
「伯爵家の跡取りになれるということはとても栄誉あることなのですよ?なりたくてなれるものじゃありません。さっき旦那様もおっしゃっておられましたが、欲しいものは何でも手に入るのです」
僕の頭にはタマの姿が浮かんでいた。
「タマのよろこぶ物が欲しいです。着物や髪飾りに部屋も豪華にしてあげたい。美味しい物も毎日一緒にたくさん食べてタマの行きたい所にも連れて行ってやりたいです」
愼志朗さんはまたもや意味深な笑みを浮かべて僕を見ていた。
「……ええ。旦那様に言えばきっと叶えてくださりますよ」
その言葉を信じた僕はうれしくて仕方なかった。
明日タマが来たら何を食べさせてやろうか、どんなプレゼントをすればよろこぶだろうか、そんなことばかり考えていて、その夜は眠ることが出来なかった。