龍之介の素性
着いた場所はとても大きなお屋敷だった。
暗くてはっきりとは見えなかったけど、松尾の屋敷よりも大きいことは分かった。
門番が門を開けると自動車はガタクリガタクリと大きな音と一緒に、砂利石の上をジャリジャリと音を立てながらゆっくりと走っていく。
少しして外灯に照らし出された、ステンドグラスが付いたハイカラな戸がある玄関前に停まった。
愼志朗さんは僕を抱きかかえて自動車を降りると、僕を片腕で抱えた格好で大きな戸を開けた。日本の引き戸ではなく、西洋のドアと呼ばれる戸だ。
戸を開けたまま頭を下げた愼志朗さんの前を、お祖父ちゃんが背筋を伸ばして歩いて屋敷の中へ入ると、屋敷で働いている女中たちが待ち構えていて、お祖父ちゃんのスリッパを並べたり、下駄を片付けたりせわしく動いた。
廊下に上がったお祖父ちゃんが愼志朗さんに振り向いた。
「龍之介を3階の部屋で休ませてやりなさい」
続けて僕を見ると、愼志朗さんに向けていた厳しい顔を笑顔にさせた。しゃべりる声も優しい声に変わった。
「医者が来ている。もう一度軽く検査をしたら栄養の注射を打とう。私も後で部屋に行くからそのときに欲しいものなどあったら遠慮なく言いなさい」
そう言って僕の頭をクシャクシャと撫でた。
屋敷の廊下や階段は赤いじゅうたんで敷き詰められていて、所々に鎧や大きな壺が置かれている。
金の額縁に入った大きな絵やステンドグラスの窓を僕はキョロキョロと見回した。
僕を抱きかかえて歩く愼志朗さんが微笑みながら「珍しいですか?若君」と聞いたので僕はなんだか恥ずかしくなって「はい」と答え、キョロキョロするのをやめてうつむいた。
愼志朗さんは僕のことを若君と呼ぶ。龍之介坊ちゃんも慣れなかったけど若君はもっと慣れない。