賢吉のつぶやき
この世は醜いもので溢れている。
それを悪いとは思わない。
俺自身もその醜いものの一部だからだ。
だからと言って綺麗なものが嫌いな訳では無くむしろ好きだし醜いものよりも綺麗なものを側に置いておきたいという願望はある。
タマに初めて会ったあの日、母さんがタマを殴ろうとしたのを止めたのは、単純に女が暴力を受けるのを見るのが好きではなかったからだ。
タマは綺麗な外見をしているが、綺麗な女などこの世にごまんといる。
綺麗なものは好きではあるが、綺麗な外見をしているというだけで心が動くことはない。
あの日タマの外見よりもタマの瞳を見て綺麗だと思った瞬間に心が奪われていた。
今まで見たことがないほど澄んだ綺麗な瞳をしており、言動からも汚れを知らないことが窺えた。
そんなタマに俺は興味を持ち、関われば関わるほど安心と癒やしを覚えていった。
タマが龍之介の病室へ見舞いをしに行っている間、廊下で待っていた俺はこっそりと入院費を払ってやろうと町医者に「いくらですか?」と聞いた。
すると「龍之介くんのお祖父さんが支払ってくれたから」という返事が返ってきた。
祖父がいたのか、とは思ったが、龍之介に興味が無い俺はそれ以上何も聞かなかった。
その後、病院からタマと一緒に帰っている最中、民家の窓の灯りと月明かりに僅かに照らし出されたタマが大きな目で俺を見上げながら言った。
「毎日あたしを送迎すると賢吉の勉強の時間が減ってしまう。あたしは頑丈だから夜でも1人で平気だ」
「女が1人で夜道を歩くのが危険だというのは常識だ。おまえが夜道を1人で歩くほうが心配で勉強が手に付かなくなる」
「そうなのか?」
「そうだ」
リーーンリーーンと鈴虫の鳴く音色が響いていた。
「タマは学校に行ったことはあるのか?」
「一昨年の3月まで尋常小学校に通っていた」
「そうか。2年までは男女共学だが好きな奴はいたか?」
「学校にはいなかった」
「学校以外にはいたのか?」
「あたしは純平先生が好きなんだ」
その言葉に俺は少し動揺していた。
純平先生?
あの目が細い色白の医者か。
正直タマはまだ恋を知らないと思っていた。俺がタマの初恋の相手になりたかったと思うのは稚拙なのだろうか?
だが男の好みは分かった。
焦る必要はない。
あの医者はかなり歳上で既婚者だ。何より妾を持つようなタイプではない。
俺はタマの右手をかっさらうように左手で握った。タマは不思議そうな顔で俺を見た。
「なんで手をつないだんだ?」
「このほうが安全だからだ」
「安全なのか?」
「ああ」
「そうか」
タマの小さくて柔らかい手から伝わる熱が俺の熱へと変わっていった。
タマは他の女とは違う。
俺はタマをずっと側に置いておきたい。
もし結婚となれば親からはタマの家柄で反対されるだろうがそんなことはどうだっていい。
周りからどんな目で見られようが構わない。
邪魔する奴は誰であろうとただじゃ置かない。
この先未来永劫タマは俺のものだ。