女中のタマ・2
あたしは走った。走って走って、本邸の勝手口から上がって奥様のところへと向かった。
廊下を走っては駄目だと怒られたことを思い出して走るのをやめたあたしはそのまま正座をした。走ってきた勢いで茶の間の前の廊下まで正座の格好で滑って到着した。
滑っている途中、勢い余ってあたしの身体は正座をしたままクルクルと回った。クルクルと回りながら滑ってちょうど茶の間の前に向かい合わす角度で到着したのだ。
廊下に両手のひらをついて大声で言った。
「お食事中失礼致します!!龍之介の入院費を稼ぐために夜も仕事をくれませぬか!!?」
お茶の間のふすまがスパンッと開いた。奥様が鬼の形相で現れた。
「食事中に何度も何度も一体なんなの!!?」
「龍之介の入院費を稼ぐために夜も仕事をくれませぬか!!?」
「龍之介の入院費が足りないことなどわたくしには関係ないことよ!!!知らないわ!!!仕事に戻りなさい!!!」
「夜も仕事をくれませぬか!!?」
「耳悪いの!!?仕事に戻れって言ってるでしょ!!?」
「夜も仕事をくれませぬか!!?」
「何だっていうのよ!!?しつこいわね!!!夜の仕事なんて門番くらいしかないわよ!!!」
「門番させてください!!!」
「あなたバカなの!!?門番は強い男がする仕事よ!!!あなたみたいな女児が門番なんてしたら泥棒に入ってくださいって言っているようなものじゃない!!!」
そのとき賢吉が腹を抱えて笑いながら奥様の隣りに立った。
「いいよ、母さん。俺、夜勉強してるとき腹減るから夜食作らせてやってよ」
笑いすぎて涙を拭きながら言う賢吉にあたしは「ありがとうございます!!!」と三つ指ついて頭を下げた。
お茶の間で食事をしていた諭吉の楽しげな声がした。
「あ、俺も夜食頼むわ!」
頭を上げて見ると諭吉も腹を抱えて笑っている。
2人共なぜ笑っているのかは分からないが、あたしは再び廊下に額を擦り付けながら腹の底から声を出した。
「誠にありがとうございます!!!精一杯お夜食を作らせて頂きます!!!」