栄吉の愛しのタマ・2
母さんもタマが大好きで、タマの隣には母さんが肩を並べて歩いている。僕と賢吉兄さんと龍之介は母さんに遠慮してタマの左隣は母さんに譲りはしたが、タマの右隣の取り合いをしていた。
母さんと一緒に綿菓子をかじるタマの隣で僕と賢吉兄さんと龍之介は押し合いへし合いでグルグルと入れ替わった。
タマの隣に立った賢吉兄さんが左右の手で僕と龍之介の顎下を押しながらタマになるべく聞こえないように小声で言った。
「おまえ等兄を敬って譲れ!」
僕は賢吉兄さんの手を顎下から振り払おうと両手で握りながら返した。
「兄さんなら弟に譲るものなんじゃないの!?諭吉兄さんはそんなこと言わないよ!!」
賢吉兄さんの手を振り払った龍之介が「そうですよ!!」と僕の言葉に便乗しながら賢吉兄さんを押してタマの隣を奪おうとしていた。
そのときタマが僕たちの方に顔を向けて不思議そうな表情をした。
「どうかしたのか?」
問いかけるタマに僕たちは作り笑いをして肩を組んだ。
「何でも無い。仲良くしているだけだ」
そう答える賢吉兄さんに龍之介が不満そうな顔をしながらもタマには笑顔を向けた。
「そ……そうそう……仲良くしてるんだ……」
タマの目は輝き、笑顔になった。
「そうか!!兄弟だもんな!!仲良くしているんだな!!」
そのあどけない笑顔に僕の心臓は大きく揺れていた。
ああ……タマはやっぱり可愛いな……
そのときふとタマの左隣で僕たちの様子をずっと見ていた母さんと目が合った。母さんはずっと冷めた眼差しで僕たちを見つめていて、僕はその眼差しに『嘘をつくな』と言われているような気がして、いたたまれない気持ちになった。
母さんの後ろを歩いている諭吉兄さんもずっと僕たちの様子を見ていたので、仲良くしているのが演技だと分かっていて、だから少し面倒くさそうに「道に広がるな」とあきれたような声で僕たちに注意をした。
その後もタマが見ていない隙を突いて僕たちはタマの隣を取り合った。それは芝居小屋に到着してからも続いたが、結局タマの右隣の席は、賢吉兄さんがタマが持っている食べ終えた綿菓子の棒を「預かってやる」とタマから受け取りながらさりげなく座ったことで奪われてしまい、僕は悔しい思いをした。
そして帰りこそ絶対にタマの隣を歩こうと心に決めていた。