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プロローグ・若様の想ひ人

「伯爵家の若様が縁談を断ったのは今回で20軒目だそうだ」


「いくら何でも断り過ぎだろ」


 煉瓦(れんが)職人の男たちは伯爵家が新たに始める洋服店の壁を造りながら噂話に花を咲かせていた。


「なんでも相手の女に求める条件が細かすぎるのだとか」


「ああ、聞いたことあるよ。あれだろ?『捨身飼虎(しゃしんしこ)仁者無敵(じんしゃむてき)・天女のように慈愛に満ちた心根を持ち、ひまわりのように明るく元気で常に走っている女』だろ?」


「そんな女いねぇよ」


「けど身分ある令嬢から貧しい町娘まで若い女の間では常に走るのが流行りらしいぜ?」


「身分の高い令嬢はともかく身分の低い町娘が華族の若様と結婚なんぞ出来る訳ねぇのになぁ」


「まぁ、夢見る分には自由だろ。なんせ若様は華族で日本でも指折りの金持ちだからな」


「華族様――公侯爵様たちでも元公家のお方の中には俺らと変わらねぇ貧乏人が居ると聞くからな。華族で金持ちな上に美男子、加えて温文爾雅(おんぶんじが)とこればどの女も結婚を夢見るわな」


「ほら、見なよ。噂をすれば若様の自動車だ」


 赤いキャデラックが煉瓦で舗装されている道から砂利道に入ると、ガタゴトと音を出しながら走ってきて停車した。


 店舗の出来の進み具合を見に来た龍之介は、中年の運転手の男が先に下りて頭を下げると、車の後部座席から高身長の身体を折り曲げながらスルリと下りた。その際、下駄に砂利道の石ころが当たり、カコンと音が鳴った。


 西郷柄の大島袖にトンビコートを羽織り、中折れ帽をかぶった龍之介に、老若問わず道行く女たちが憧れの眼差しを向けている。


 そして若い未婚の女たちの何人かは龍之介に気に入られようと、龍之介をチラ見しながら走り出した。


 龍之介はそれらの様子を横目にしながら煉瓦で固められている壁を見るなり煉瓦職人たちに話しかけた。


「お疲れ様です。予定通りに出来そうですか?」


「はい。予定の日には必ず仕上げてみせます」


「もし何かあったら必ず報告してください。何か問題が起きて期限に間に合いそうにない場合も無理に推し進めようとせずに1度相談してください」


「分かりました」


 龍之介は穏やかでありながらもどこか愁いを帯びた微笑を浮かべると「怪我には気を付けて」と言い残し、自動車に戻って行った。


 それには男たちも頬を染めた。


 若い女たちが口々に叫んだ。


「素敵ぃ~!!!」

「龍之介様ぁ~!!!」

「こっち向いてぇ~!!!」


 龍之介は少し困りながらも女たちに顔を向けると微笑をつくった。


 すると女たちは興奮し、黄色い悲鳴を上げた。


 龍之介は車に乗り込むと女たちの黄色い悲鳴を聞きながら運転手に「屋敷に戻る」と静かな声で言い、それを受けて運転手は車を出発させた。


 キャデラックの後部座席の背もたれに体重を預けた龍之介は変わりゆく景色を見つめながら、懐に入っているタマの形見である万華鏡に着物越しに手を添えると、どうしようもない虚しさに目を閉じた。


 寄ってくる女は山ほどいるのにそこに好きな女は居ない。


「タマさえ生きていれば……」


 そうぽつりとつぶやきながらタマと出会った幼き日のことを思い出していた。

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