第09話 母親の部屋
半狂乱状態のエルミリスは泣きじゃくっている。
今、私は記念公園の木々が鬱蒼とした中にあるベンチの脇で、スパルディンと対峙していた。
まず落ち着かせて、この場から遠ざけなくては…。
「早く向こうに!!」
頭ではそう思っているが、中々上手く伝わらない。
それに、この状況では彼女は本来、主戦力なのだ。
でも、そう上手く事が運ばないのが現実だ。
「早く!!」
彼女は更にパニックを起こすと、泣きながら駄々をこねる子供のように、その場で地団駄を踏み始めた。
まだまだ、彼女は子供だという事が分かり、少しホッとした。
「ねぇ…?エルミリス。落ち着いて…。落ち着いて…。魔法、使ってみない?」
スパルディンの攻撃は、私の身体で防げばいい。
彼女の魔法なら、一撃でも当たれば倒せるだろう。
放置して二人でここから逃げるのも考えた。
それだと、その後必ず誰かが犠牲になる。
初遭遇の魔物が猛毒持ちとは、中々ツイてない。
でも私に毒属性の適性があるのは分かった。
だけど、毒属性の魔法なんて聞いた事がない。
魔法教本に載ってないのだ。
ましてやエリンダルフの街の人は皆無だろう。
そんなまさかの属性の適性なのだ。
きっと、私の目の色は、毒の翆色なのだろう…。
そうだ!!
そんな事は置いておいてだ。
「『洗浄』!!」
──ザッパァンッ!!
急に頭の上から多量の水が降り注いだのだ。
「あ。」
落ち着きを取り戻したエルミリスが目の前に居た。
そうか…。
今のが、水属性魔法か。
「アヴィルナ?あいつ、引きつけてくれる?」
彼女の手には…木製のお箸が一本握られていた。
杖代わりという事だろう。
お義父様から、杖は天然素材なら大体イケると教えられたのを、彼女は思い出したのだろう。
「勿論。任せて?」
私は足元に落ちていた太い木の枝を拾った。
「ほら!!こっちだ!!かかってこい!!」
目の前に迫る、スパルディンを挑発するように木の枝を振り回した。
流石に、二度も攻撃を加えている相手を、スパルディンは見逃す訳がない。
──プシュッ…!!
「うわっ…!?」
こちらに向かい、猛毒の毒液を噴射してきた。
身体に少し当たる程度に仰け反り躱すフリをする。
エルミリスはと言えば、私の遥か後ろまで後退して距離を取っていた。
「くるな…!!くるな…!!」
私は少しずつ身体の向きを変えながら枝を振る。
余裕な態度でスパルディンがジリジリ迫ってくる。
──プシュッ!!
再び、毒液が噴射された。
彼女の目の前で、スパルディンと横一列に並んだ。
「『氷の玉』!!」
──ビュンッ!!
彼女から放たれた大きな氷の玉は、猛スピードで一直線に飛んでいきスパルディンを襲った。
地球の単位で、1メートル程はあっただろうか。
流石に、巨大な氷塊に衝突されたので、スパルディンはひとたまりもなかった。
「やったぁ!!」
遠くから彼女の嬉しそうな声が公園内に響いた。
────
この日の学校は、事態を重く見て休校となった。
流石に、学生達が利用する記念公園に、猛毒の魔物が居たのはマズかった。
エリンダルフの街を護る、魔法使いや騎士達がゾロゾロと派遣されてきた。
その中に、お義父様の姿があったのは、言うまでもない。
そうだ。
あの後の私達についてだが…。
噛まれた傷はエルミリスに治療してもらった。
その上で、スパルディンの脚を拾い、学校の担任の先生に伝えた。
伝えた内容はこうだ。
記念公園の木々が鬱蒼とした場所のベンチで、お昼を食べていたら、スパルディンが突然現れた。
そこで、魔法を使って応戦して、退治した。
と…。
実は担任の先生、魔法使いアヴィンの熱狂的なファンなのだ。
私はその息子なので、すぐに信用してくれたのだ。
まさか…噛まれたとか、猛毒を浴びたとか、エルミリスが退治したとかなんて、言えなかった。
事情を汲み取って、エルミリスは沈黙を貫いた。
彼女は本当に出来た私の許嫁だ…。
休校になった事もあり、私はエルミリスを連れて家に帰宅していた。
────
エルミリスは、お弁当の件でお義母様の所に居た。
なので私は、一人きりになってしまっていた。
だから、暇つぶしに家の中を散策し始めたのだ。
とは言っても、家にある部屋は限られている。
リビングとダイニングキッチン、クローゼット、お義父様とお義母様の部屋、母親の部屋、私の部屋、空き部屋、お風呂場、お手洗いだ。
そう言えば…。
母親の部屋には何か仕掛けが施されているようだ。
迂闊に扉を開けると死人が出ると、お義父様が言っていた記憶があった。
母親というのは、失踪した私の実の母親の事だ。
未だに色々と謎が多い人物なのだ。
母親の部屋は家の2階の階段を上がり、廊下を奥まで行った所にある。
私は、興味本位で2階へ上がってみた。
この階には、お義父様達の部屋と、母親の部屋、空き部屋、二箇所目のクローゼットがある。
以前は2階の空き部屋を、私の為に魔法の練習部屋に使っていた。
現在では、彼女の家で練習するようになった。
だから、今の私は殆ど2階へは立ち寄っていない。
廊下を奥へと進むと、母親の部屋が見えた。
部屋の扉に、猛毒注意と書かれた札がついている。
ん?
猛毒…注意?
こんな所で、私に関係する言葉が出てくるとは…。
ここで躊躇しても仕方がない。
思い切って扉の取っ手に手をかけた。
──ガチャッ…
別に普通だ…。
何も変わり…あるか。
取っ手を掴んでいる手がベチャッと濡れていた。
多分、取っ手を回すと液体が滲み出る仕組みだ。
猛毒と思い、普通は皆んな慌てて手を離す。
心理を突いて、よく出来てる。
まぁ、本当にこの液体が猛毒かもしれないが。
──ギィィィィッ…
多分毒属性の私にそんな脅しは無意味だ。
ゆっくり扉を部屋の中へと押し込んだ。
──プシュッ!!
部屋の中から顔の辺りに向かい、何か噴射された。
無論、私の顔へと霧状の液体が直撃した。
これで三度目?!
スパルディンの毒霧攻撃が良い予習になっていた。
それにしても…殺る気十分の仕掛けだ。
完全に、侵入者の命を奪いにきている。
一体全体、母親は何をこの部屋に隠しているんだ?
きっと、余程な物なのだろう。
────
呼吸を整え、そっと部屋の中に足を踏み入れた。
母親の部屋は窓の無い間取りだった。
部屋の中は…見たことない本や巻物でいっぱいだ。
部屋の奥にはベッドと机が置かれていた。
机の上に置かれた本のようなものが気になった。
そっと机の元へと近づいた。
すると、その本の表紙にはこう書かれていた。
『愛するアヴィルナへ』と…。
思わず私はその本を手に持った。
──バタンッ!!
音で振り返ると、勝手に扉が閉まっていた。
本の重さが無くなり、仕掛けが動いたのだろう。
お義母様や彼女が来ると、面倒なので丁度良い。
私は本を開いた。
本の正体は、母親が私に宛てた手記帳だったのだ。
そこには母親の名前も記されていた。
母親の名前は、アヴィエラというようだ。
ずっと私は…教えて貰えず、今まで育てられた。
そこにはこう記されていた。
『アヴィルナ?あなたは私達の大切な子供です。でも、今はまだ私達とは一緒には暮らせません。だから、あなたを私の両親に預けていきます。あなたが14歳になった年、私達は迎えにいきます。だから、待っていて下さい。それまでに、エリンダルフに大きな出来事が起こるでしょう。でも、あなたはきっと大丈夫。あなたの生まれ持った素晴らしい属性を活かせば良いのです。少しでもあなたの役に立てばと思い、魔法をこの後の頁に記しておきますね。では、母より愛を込めて。』
私達とは…父親も一緒に居るということなのか?
エリンダルフに大きな出来事とは…何なのだろう。
そんな事を思いながら、手記の次の頁をめくった。
その頁は毒属性の魔法がビッシリと記されていた。