第08話 適性属性の糸口
お昼、学校内にある記念公園のベンチに二人。
私とエルミリスはお弁当を食べる準備をしていた。
「アヴィルナのお弁当は、まだお義父様が…?」
──カシャッ…
ずしりと重い金属製のお弁当箱のフタを私は開けた。
この世界にも銀のような金属が存在するようだ。
ただ、プラスチックのような石油製品は存在しない。
なのでお弁当箱は天然素材か、鉱物やガラスとなる。
「わぁぁぁぁっ!!このお弁当…お義父様のお手製じゃないの?」
「はっはっはっはっ!!残念!!お義母様のお手製でした!!」
んんっ…?
どうしたんだ?
彼女が、目をパチクリしている。
「お義母様…?!もう、ユリヴィスくんのお世話は大丈夫なの!?」
「あの赤ちゃんだった弟もさ?もう…2歳になるしね。」
「最近、アヴィルナとお義父様には、私の家に来てもらってばかりだもん…。お義母様にも全く会えてないもんね?」
エルミリスの家に、対魔法の加工が施された緊急避難部屋があるのを去年、お義父様と訪ねた際に発見した。
その為、そこは彼女の魔法の練習部屋と化した。
それから、お義父様は仕事帰りに彼女の家に寄り、魔法の手解きをしてから家に帰ってきている。
だから、こちらの家には彼女は長い間来ていない。
「ほら?エルミリス、食べてみる?」
「えっ…?しょうがないなぁ…。」
いやいやそうな言葉とは裏腹、彼女は私のお弁当箱へ真っ直ぐ手を伸ばした。
すると、鶏のような鳥の焼いたお肉に手をつけた。
「エルミリスはさ?お義母様の鳥料理食べたことあった?」
口の中で頬張りながら、モグモグと食べていた。
「食べ終わってからで良いよ?ゆっくり食べて?」
大きいものが2個入っていたので、私も頬張った。
以前までは、お義父様のお弁当もなかなかと思っていた。
だが、お義母様のお弁当の方が確実美味かった。
「はぁ…。」
鳥を食べ終わった彼女は、深いため息をついた。
「少しの間、魔法の練習やめようかな…。」
大体、把握した。
恐らく、お義母様の鳥料理が美味しかったのだ。
料理の練習でもするのだろうか?
「どうして?!お義父様が寂しがるよ…?」
「だって…お義母様のお料理美味しいんだもん…。お義母様に料理の特訓お願いしたいだもん…。」
そう来たか…。
でも、お義母様なら喜びそうな話だ。
「そうだ…。エルミリスのお弁当、見せてくれる?」
お弁当箱を開けた瞬間の彼女の反応を思い出した。
私のお弁当がマトモだった事に、きっと驚いたのだ。
恐らく、彼女のお弁当は、私と二人で食べる為に作ってきているハズなのだ。
チラッと彼女の手元を見た。
彼女のお弁当箱は、天然素材の木で造られていた。
「アヴィルナのお義母様には負けるけど…。」
──パカッ…
そう言いながらも彼女はお弁当箱の蓋を開けた。
蓋は木で出来ており、良い香りが辺りに漂う。
私は彼女のお弁当箱の中身を咄嗟に見た。
「うわぁ!!美味しそう!!」
思わず大きな声が出てしまった。
なんと、私が好きなおかずだけが入っていたのだ。
これは流石と言うしかない。
私と一緒に過ごしてきた賜物と言えるだろう。
「でしょ?」
先程の私の言葉に対して、凄く嬉しそうな表情を彼女は見せている。
それに、急に強気だ。
自身があるに違いない。
「このお弁当、エルミリスが作ってくれたの?」
「うんっ!!私が、お弁当用意してるの。でも…割と最近だよ?」
初めは、誰かにお弁当を作ってもらったかと思っていたが、違うようだ。
毎朝のように決まった時間に私を迎えにきている。
一体、何時起きしているのだろう…。
本当に…彼女は7歳なのか?
「無理しないで?お弁当、お義母様に頼もうか?」
お義母様は彼女の事を気に入っている。
でも、一人分増えると負担が増えるのは確かだ…。
「じゃあ、私…アヴィルナの部屋に住もうかな?」
「はいぃぃぃっ?!」
またビックリ発言をする…。
全く…ドキッとさせる事が好きな子だ。
「そうすれば、お義母様のお手伝いも出来るし?」
「とりあえず…今日の帰り、私の家に寄って?お義母様に聞いてみよ?」
当事者抜きで話をしても意味がない。
それに、お腹が空いた。
「エルミリス?お腹空いたよ…。食べよ?」
「ああ!!そうだよね…。食べよう食べよう。」
────
二人でお弁当のおかずを交換しながら食べていた。
よくある、あーんもし合いながらだ。
幼い頃から、事あるごと彼女に要求されていた。
最近では、あーんするのが当然みたくなっていた。
お昼の時間、そのせいでかなり使ってしまった。
「ふぅ…。もう、お腹いっぱいだー!!」
「ゴメンねー?おかず作り過ぎちゃった…。」
6歳と7歳のお弁当としては、相当な量だった。
流石に食べきれず、残ってしまっていた。
──ガサッ…
「えっ?!」
頭上の木々の間から何かが私へ向かい落ちてきた。
「キャアアアアアッ!!」
その様子を見たエルミリスが、悲鳴をあげた。
大きな蜘蛛に似た生物だ。
ざっと見ても30センチはありそうだ。
「ん?どうしたの?」
「そのスパルディン、猛毒!!」
「スパルディン?」
──ガプッ!!
遅いって…。
と言うか…。
あなた、魔法使えるでしょうが…。
それに、この世界では蜘蛛みたいな生物のこと、スパルディンって呼ぶのか…。
「イヤアアアアアアアアッ!!」
エルミリスは頭を抱えて叫ぶばかりだ。
魔法をスパルディンに当ててくれれば良かった…。
水属性なら多少、私に当たってもどうにかなる。
スパルディンに私は右腕を噛まれてしまった。
すぐに左手で振り払ったが、多分手遅れだろう。
この世界で毒は最強に近い…。
解毒薬が皆無なのだ。
エリンダルフの界隈では…だが。
外界では、解毒薬や解毒魔法が普通に存在しているのかもしれないが。
「大丈夫?!アヴィルナ??大丈夫?!」
自分の心音が弱くなっていくのがわかった。
呼吸も苦しくなってきた。
エルミリスの声が、遠くに聞こえ始めた。
そして、目の前が一瞬真っ暗になった。
──ドサッ…
ベンチに腰掛けていた私は、前のめりに倒れ込む。
終わった。
心臓が、止まった。
何も出来ない、短い人生だった。
──ドクンッ!!
ん?
完全に止まった私の心臓が再び、動き始めた。
真っ暗で何も聞こえなかった世界に、光と音が戻ってきたのだ。
「イヤアアアアアアアア!!」
倒れ込んだ私をエルミリスが抱き抱え、泣き叫んでいた。
「私は大丈夫だよ。もう、泣かないで?」
「え…。だって、猛毒のスパルディンに噛まれたんだよ…?」
確かに、猛毒には違いなかった。
しかし、噛まれた跡以外、何ともないようだ。
──ガサガサッ…
先程、私に遠くへと振り払われたスパルディンが、再び近づいてきていた。
「危ないから、ここから離れよう!!」
「うん。でも…。」
なんか、暴走ダンプの件を思い出した。
ご丁寧に彼女の相手をしていたら、手遅れになる。
咄嗟に、彼女を少しでも遠くへ押し出した。
──ガサガサガサガサッ!!
──プシュゥゥゥゥッ…!!
スパルディンが茂みから飛び出した。
すると躊躇なく、口から何かを噴き出してきた。
「うわぁっ?!」
頭からスパルディンの液体を被ってしまった。
明らかに…猛毒成分の液だ。
噛まれた時と同じ臭いを放っていた…。
流石に、2度目の奇跡は起きないだろう。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
早く逃げろというのに、彼女はまだ居た…。
完全にあの時と状況がかぶる。
もう、嫌な予感しかしない。
だが違和感も感じていた。
「あれ…?」
思わず声が出てしまった。
噛まれた時と違い、毒が全然まわってこないのだ。
もしかして、と思ったら手が動いていた。
「ダメェェェェェェェェッ!!」
──ペロッ…
猛毒成分と思われる液を指ですくって舐めた。
彼女の制止する声が聞こえたが、もう遅い。
でも、やっぱりだ。
何となく分かったことが、一つある。
私の適性は毒属性なんだと思う。
ただ、一度心臓が止まったのは説明がつかないが。
舐めて死なないのは、適性であり耐性の証だろう。