第40話 拗れた二人の関係
「アヴィルナはここに居たのか。探すのに苦労したぞ?」
早朝で薄暗い寮の廊下の向こうから、私の元へと一直線に歩いてきた男性。
開口一番、あろうことか…日本語で私を本名で呼んだのだ…。
身長はスラリと高く、私の隣にいるリゼイルよりも大きい。
何といっても…目を引いたのは綺麗な黒髪だ…。
独特の肌の色も相まって…日本人を彷彿とさせる。
それに、私はこの男性の顔には見覚えがあった。
未だ忘れもしない、同級生の鈴木由香さんの弟だ。
名前を、鈴木 由幸と言った筈だ。
学生の頃、同じ部活に所属しており、何故かは知らないが…私に懐いていた。
事あるごと、姉の由香さんを私に薦めてきたのだ。
あと、性別は違えど二人は凄く似た顔立ちだったのを覚えている。
更に、二人の母親もそっくりで、間違えて街で声をかけてしまった程だった。
でも、まさかだ…。
「えっと…。どちら様でしょうか…?」
弟の由幸くんまで異世界転移してるなんて事、普通考えられるだろうか?
姉の由香さんは…同窓会の二次会に向かう途中、暴走してきたダンプに、私と共に轢かれた筈だ。
でも、由幸くんはあの場所には居なかった筈だ。
だから、私たちと共に異世界へ来たとは考え辛い。
「やれやれ…。何を言い出すかと思えば…。全く…困ったものだな?お前さん、この顔に見覚えないとは言わせんぞ?」
これは…一体全体、どういう事なんだ…。
この口ぶりは明らかに、ユカさんだろう。
でも…どう見ても、私には由幸くんにしか見えてこないのだ…。
「はい。確かに、そのお顔には見覚えがあるのです…。ですが、その方は…。」
「ああ…そうだぞ?」
私がユカさんの名前を言おうとすると、遮られた。
「えっ?」
「まぁ…そういう事だ!!これから毎日楽しみだな?」
この含みのある言いっぷり…。
まるで自分がユカさんであると、私に対して暗に主張してるように聞こえる。
仮にそうだとしてもだ…。
ユカさんの身に一体、何が起きたと言うのだ…。
「なぁ…?エルフ?さっきから、二人で何話してるんだ??」
おっと…。
これはマズいことになった。
自分が分からない言葉で会話する私たちの姿を見て、リゼイルが焼き餅を焼き始めた…。
この後、授業が始まるまで部屋で二人きりになる。
色々…面倒なことを起こさなければいいのだが…。
「あ…。リゼイル、ゴメンね?この先生はね?以前、エリンダルフの街に来たことがあるの。その時、知り合ったんだけど…。」
「へぇ…?そんな話、俺は…一言も聞いてないぞ?」
時間遡行後のリゼイルは…私に執着している…。
だから、私の過去を根掘り葉掘り…知りたがる。
部屋等で二人きりになれば、大体そんな流れだ…。
今、リゼイルに話したのは…咄嗟に実話を交えた作り話なのだが…。
でも、ユカさん?がエリンダルフの街を訪れたのは事実だ。
正しくは…学校の記念公園へと宇宙船が墜落してきたのだが。
その宇宙船からユカさん?を救出したのが私だ。
だから、話の辻褄は大体は合っている。
「やれやれ…。若さとは、怖いものだな?」
困った表情の私を見かねたユカさん?は、助け舟を出してくれた。
「なぁ、君?どうしてそんな怖い顔をしてるんだ?」
「…ん?俺、そんな顔してますか?」
いやいや…。
敵意丸出しでリゼイルはユカさん?を睨んでいる。
「ああ…。隣のエルフちゃんが困った顔しているぞ?そうだ、君の名前を聞いてもいいか?」
私が他の異性と話すだけで、リゼイルは変貌する。
ユカさん?の言う通りで、本気で私は困っている。
「そうですかね?ああ、俺の名前ですか?エルフの恋人で、剣士をしているエタルティシアのリゼイルと言います。」
「ありがとう。そうか…君が噂の副学長の御子息か。では…また後程。」
半ば呆れ気味でユカさん?は会釈すると、手を振って来た廊下を戻り始めた。
すると、待ってました!とばかりに女子生徒達がユカさん?の周りを囲ってしまった。
「先生!!恋人持ちのエルフなんて相手しないで!!」
「そうです!!私達が居るじゃないですか!!」
まだ、公に紹介されていないのにこの人気ぶりだ。
確かに、由幸くんは学生時代に凄く人気があった。
女子生徒の間で、ファンクラブがあった程だ…。
男性教師が非常に少ないこの英雄学校で、そんな容姿の男性教師が赴任したら…。
どうなるかくらい軽く想像がつくだろう。
リゼルディアさんでさえ、女子生徒を侍らせて…。
「そうだな?それなら、お前さん達はこの私に尽くしてくれるか?」
「はい!!私、何でもします!!」
「抜け駆けダメ!!私だって…!!何でもさせて頂きます!!」
徐々に、廊下の向こうへ遠ざかっていくユカさん?と女子生徒達。
彼女達による、ユカさん?に対する猛烈なやり取りの会話が、部屋に入っても暫くの間…廊下から響いて聞こえていた。
────
「おいっ!!エルフ!!あいつは誰なんだよ!!」
リゼイルと私は、寮の部屋へと戻ってきていた。
恐らく、今日の朝はユカさん?着任の集会がある。
なので私は、部屋着から制服へ着替えようと、寝転がっていたベッドの上から起き上がった。
すると、私の隣で寝転がっていたリゼイルが、急に怒鳴り始めたのだ。
──ドンッ!!
「キャッ!!」
身体を起こしていた私は、リゼイルによってベッドへと力強く押し倒されてしまった。
──ドスンッ!!
──ゴンッ!!
「いっ…!!」
倒された際に、私はベッドに後頭部を打ちつけた。
そんな私のお腹の上へ、リゼイルは馬乗りになって覆い被さった。
「リゼイル…重いよ…。何…してるの…??私、さっき言ったよ…?街で知り合ったって…。」
「なら、どういう関係なんだ!!え??言えるよな??」
リゼイルは物凄い剣幕で、私を怒鳴り散らした。
こんなリゼイルの姿…今まで見たことがなかった。
──グッ…!!グッ…!!グッ…グッ…!!
怒りに任せ…私の両方の肩口を凄い力で掴むと、何度も何度もベッドへ押さえつけてきた。
──ギシッ…ギシッ…ギシッ…ギシッ…
「痛い!!痛いよ!!やめてよ!!リゼイル!!」
あまりにも強く押さえつけれるので、ベッドがその度に軋む音を立てた…。
たまらず私も…叫び声をあげてしまった程の力だ。
これはもう…ドメスティックバイオレンスと呼ぶ他なかった。
──バシンッ!!
「うるさい!!俺の質問にだけ答えろ!!」
え…?
私は茫然自失してしまった。
リゼイルが平手で私の頬を思い切りぶったのだ。
ああ、もうダメだ…。
目から涙が溢れ出てきた。
私の中で糸がプツンと切れるような音が聞こえた。
「もう…無理。」
思わず私の口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。
────
「エルフ、ゴメン!!俺が悪かったんだ!!」
さっきからリゼイルは、ベッドの上で無気力になって横たわる私に向かい、謝り続けている。
もう、どうでもいい。
そんな言葉が、私の頭の中を埋め尽くしていた。
無抵抗なパートナーに対し、手をあげるようなDV野郎は相手にする価値もない。
「もう、別れよ?暴力振るう人、一緒に居たくない。」
リゼイルを逆上させる可能性はあったが、したらそれこそ私たちの関係は終わりだ。
私なりに最後のチャンスを与えてあげたのだ。
「エルフの事になると、激しく嫉妬してしまう俺が悪いんだ…。取り返しのつかないこと、エルフにしてしてしまったね…。」
ふむ…。
私も、そこまでは鬼ではない。
でも…今までみたいには、リゼイルのことを相手に出来そうにはない。
一度切れてしまった糸は、なかなかくっつかない。
「一度だけ…だよ?もう二度目は無いから…。今の私は、先生と付き合っても良いかなって…気分だから。」
「ありがとう…。俺、努力する…。」
これくらい言っておけば、私のことを本当に愛しているなら…リゼイルも目が覚めるだろう。
覚めなければ、リゼイルの元を離れるだけだ。




