第38話 様々な思惑
それらしく相手を納得させるのには労力が要る。
あまり面識のない相手ならば尚更のことだ。
まさに今、私はその状況に置かれていた。
「うーん…。本当にお前さん、あの時の少年かい?」
先程からユカさんはこんな調子だ。
こちらが名前を知っているので強くは言わない。
通信機を奪った等なら名前を知る由が無いからだ。
「ですから…。私はアヴィルナです。あの時、ユカさんを救出した…。」
「しかし…私の知るアヴィルナは、少年だ。お前さんのような、女子ではないのだ。」
確かに…今の私は、見るからに少女という容姿だ。
それに、可愛らしい部屋着を着たままだった。
最近になって、リゼイルが買ってくれたものだ。
「これには、あまり人には言えない理由があって…。」
「ほう…?聞いてやろう。」
これは殆ど真実で…ちょっぴり嘘の奥の手だった。
「ありがとうございます。実は…。」
そこから、私は身振り手振りを交え弁明を行った。
その内容はこうだ…。
宇宙船から降ろして貰い、クゥイルデに向かう街道を歩いている際、潜伏中の侵略者と遭遇し交戦となった。
侵略者が散り際、死属性魔法『性別転換毒』を放ち、自分はそれをまともに受けてしまった。
英雄学校の文献で死属性魔法を調べてみると、一度受けた『性別転換毒』は解除する術がない事が分かった。
その為、自分の運命として受け入れる他なく、現在は女子として日々を送っている。
「そうだったのか…。それではお前さんはもう…。」
私の言葉に、ユカさんは納得してくれたようだ。
だが、肩を落としかなりガッカリしている様子だ。
「はい…。ユカさんと同じ、女子のままですね…。」
「はぁ…。そうか…。」
本当にガッカリしている。
まさか…年下の少年が好きだったとかだろうか?
よく考えてみれば、そうなのかも知れない。
身も知らずの少年に、こんな通信機渡すだろうか?
きっとこの世界では、結構な値段の代物だろう。
「あのぉ…ユカさん?先程から…どうされたのですか?」
わざとらしく、私はユカさんに聞いてみた。
「いや、何でもないぞ?ただ、お前さんが女子になってしまったんだなと、思っただけだ。」
強がっているのか、別の切り口を考えたのか。
私の予想に反して意外に冷静な返事だったのだ。
────
それから、ユカさんの話は尻窄みになっていった。
結局、ユカさんの真意がハッキリしてこない。
「そうだ…!!一ヶ月…一ヶ月ここで待っててくれ。」
「い、一ヶ月?」
「ああ!!あ、すまない…。もう、ここから移動しなくてはならない。だから…一ヶ月だ!!頼んだぞ??」
そうユカさんは言うと、一方的に通信切ったのだ。
一体、一ヶ月もの間何を待てば良いのやら…。
そして、何を私に伝えたかったのだろうか。
もしや…私が♂でなくなっていたのが原因か?
話が見えない不毛なやり取りで時間だけを食った。
先程、リゼイルはシルヴァス先生の部屋へと一人で向かったが…大丈夫だろうか?
実はそのことが通信中もずっと心配だった。
気付けば私は部屋を飛び出していた。
──コンコンコン…
シルヴァス先生の部屋に着き私は扉をノックした。
部屋の中からは何やら声が聞こえるが反応がない。
もしや、シルヴァス先生がリゼイルを…。
良からぬ想像が私の頭の中で膨らみ渦巻いている。
シルヴァス先生だって本当は一人の大人の女性だ。
年下の男の子が一人で部屋を訪れて来たら…。
ここぞとばかりに味見をしないとは言い切れない。
色々と私を引き合いに出し、弱みに付け込んでだ。
──ドンドンドンッ!!
「シルヴァス先生!!」
寮の廊下に私の大きな声が響き渡る。
この区画は英雄学校の教師や事務員の部屋が並ぶ。
その為、何事が起きたのかと他の教師が数名、部屋の扉から顔を出してきた。
──ドンドンドンッ!!
「あ、エルフさん?!あれぇ…?シルヴァス先生なら部屋に居たはずなんだけどなぁ…。」
歴史学のルウェフ先生が隣の部屋から顔を出した。
この先生には、編入時から仲良くして頂いている。
「ルウェフ先生、ありがとうございます。私、シルヴァス先生に来るように言われて…。」
「あら!?さっき誰か尋ねてきたみたいだし…何か話でもしているのかも…ね?シルヴァス先生、話に夢中になると反応しなくなるから…。」
先生も周りの声が聞こえなくなるタイプなのか…。
私もその傾向が強いので、あまり強く言えないな。
──ガチャッ…
シルヴァス先生の部屋の扉が急に開いた。
「エルフさん、良かったわね?じゃあ、また教室でね?」
「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳なかったです。」
「大丈夫。気にしないで?」
──バタンッ…
扉が閉まり、ルウェフ先生は部屋の中へ消えた。
「エルフさん、ゴメンね?ボクが話に夢中になってしまってね?ほら、中へ入って?」
シルヴァス先生が扉を開けてくれたようだ。
凄く薄着で…無防備な格好をしている。
下着のような姿といえば分かりやすいだろうか。
こんな格好で…リゼイルと二人きりで居たのか?
「はい…。」
「ん?何か浮かない顔してるけど…。どうしたのかな?」
シルヴァス先生の肌を見ると少し汗ばんで見える。
まさか、本当にリゼイルと身体を重ねていたのか?
未だ私はリゼイルに身体を許していない。
いや、正しくはリゼイルの方から…エリンダルフに着くまではとの提案だった。
やはり…大人の色香ある女性を目の前に、リゼイルのタガが外れてしまったのか?
「…。」
「おかしな子だ…。まぁ、いいか。ほら?入って入って?」
シルヴァス先生の様子が…いつもと明らかに違う。
声が上擦っていて、呼吸も少し荒い。
そんな母親の様子を目の当たりにしてしまった。
私の頭の中で妄想が渦巻き…何も言い返せない。
「すぐに出られなくて悪かったね。」
部屋の中へ入った私の背に向け、声が掛けられた。
リゼイルはどこに…。
私の頭の中はもう…そのことしかなかった。
まさか、本当にリゼイルの事を好きになるとは…。
魔法で完全に女性化した影響なのだろうか?
とりあえず、そんなことどうでも良い。
今は…リゼイルが手籠めにされてないか気になる。
「あ、エルフ!!遅かったな…!!」
リゼイルの声がベッドの方から聞こえてきた。
「り…リゼイル?!」
ベッドの縁でリゼイルが下着姿で腰掛けている。
この状況、絶対にアウトなやつだ…。
先生…いや私の母親に弱みを握られたに違いない。
きっと今までリゼイルは私の母親と肌を重ねて…。
私の声に気づいて慌てて下着だけ身に纏ったのだ。
「ん?エルフ、どうした?」
この期に及んで、平静を装っているようだ。
リゼイルに近づくと、ベッドから女の香りが漂う。
明らかに…事後のようなムッとした香りがする。
私の手前、何もなかったとでも言いたげだ。
「ううん…。リゼイル、待たせちゃってゴメンね…。寂しかったんだよね?」
寂しかったから、私の母親の誘いに乗った。
もう…そう言ってくれれば、私は許す気でいる。
そう、シルヴァス先生は私の母親だ…。
アヴィエラというれっきとしたエリンダルフだ。
そんな女性から…身体を密着されて迫られたら…。
リゼイルだって靡かないとは言い切れないだろう。
私だったら、心の中でゴメンと言いながら…。
ああ、もう既にそうだった…ゴメン、エルミリス。
だからこそ、リゼイルには強く言えないのだ。
「俺、エルフのお母さんからさ…?エルフのこと…好きにしても良いって許し貰ったんだ。」
は…?
一体、リゼイルは何言っちゃっているんだ?
好きにしても良いって…どういう意味なんだよ!?




