第37話 鳴り出した通信機
守護者のユカさんから渡されていた通信機。
ただの社交辞令で鳴ることはないと思っていた。
渡されて三ヶ月、これまで一切音沙汰なかった。
何故急にという気持ちの方が大きかった。
「なぁ…エルフ?それ、鳴ってるぞ?」
「うん。どう使うか…私、聞いてないんだよね。」
──ピピッ!ピピッ!ピピッ!ピピッ!
さっきよりも音の間隔が狭まってきている。
今日まで、殆ど眺める程度しかしなかった通信機。
もし壊したら…と思い慎重になっていたのだろう。
でも、今のこの状況だ。
とりあえず、突起部を色々触って試すしかない。
「なぁ…なんか読めない文字書いてないか?」
通信機を裏返したリゼイルが何か見つけたようだ。
「え?ちょっとリゼイル、見せてみて?」
「ほら。」
リゼイルが私の目の前に通信機の底面を向けた。
「えっ?!この通信機の使い方、書いてある!!」
「…ん?俺、こんな文字見たことないけどな…。」
リゼイルがそう言うのも無理もない。
底面に書かれていた文字は、正しく日本語だった。
守護者のユカさんはやはり…日本人なのだろうか?
何れにしろ、彼女には色々聞かなければならない。
「そ、そうなの…?リゼイルにも読めない文字ってあるんだね…。」
底面には簡易的に使用説明が書かれていた。
それによれば、表面には蓋が嵌っているようだ。
画面の保護の為、付けられているようだ。
宇宙船同士の戦闘があると考えるとそれも頷ける。
脱出時に破損し、通信出来ないのは致命的だろう。
そうだ…。
ユカさんは、私が男児の時の姿しか知らない。
いきなり私が通信機に出たら恐らく驚くだろう。
それに、今は寮の私とリゼイルの部屋の中だ。
だから、リゼイルが側に居る。
絶対に今は私の正体をバラされたくはない。
──カシュッ…
最初、上に引いたが蓋は開かなかった。
よく見ると通信機の蓋はスライド式だったのだ。
強い衝撃が加わった際、蓋が外れないようにか。
通信機の画面を見ると、思い切りスマホだった。
日本語で『ユカ』、『着信中』と表示されている。
その下には『受話』、『終話』の表示が見える。
受話はタップ、終話はスワイプで操作するようだ。
こんな仕様ならもっと早く使っていればよかった。
「リゼイル?少し守護者とお話するから静かにしててね?」
「あぁ…。」
水を得た魚のように私が通信機を操作している。
その姿を見たリゼイルは呆気に取られていた。
──ピッ!
「…。」
通信機の画面の受話ボタンを押した私。
ユカさんの出かたを伺うため、少し黙っていた。
「もしもし?」
「…。」
「もしもーし?」
もう…私は、噴き出して笑いそうになっていた。
だけど、グッと堪えて口元をプルプルさせていた。
まさか『もしもし』がこの世界で聞けるなんて。
しかも…この世界の人間の言葉でだ。
それは全く、予想だにもしなかった。
「はい、アヴィルナです。ユカさんですか?」
会話の内容を…リゼイルに聞かれたくない。
そんな思いから、私は…最初から日本語で応えた。
シルヴァス先生を演じる母親のように声を低めで。
「はぁ?!なんでだ…??」
やはり、通信機の向こうでユカさんが驚いている。
無理もないか。
あの時、明らかに私はエリンダルフの容姿だった。
それに…。
「何故…お前さんは、私の母国語を言葉を話せるのだ??」
それに…私はユカさんを前にして、日本語について分かるような素振りを一切見せぬまま、前回別れた。
「あははは!!もう…ユカさん、私を誰だと思ってます?エリンダルフの魔法使いですよ?」
「あぁ…そうであったな。お前さんがエリンダルフだということを忘れていたぞ。だが、この言葉は大災時代のエリンダルフしか知らんのだがな…?」
おいおい…。
私の知らないエリンダルフの新情報が飛び込んだ。
大災時代のエリンダルフは日本語が分かるのか…。
一体、私のお祖父様やお祖母様は…何故なのだ。
全くと言って、大災の話をして頂いていない。
リゼイルの家で、お祖父様の偉業を知ったほどだ。
「私のお祖父様は大災の英雄でして…。」
「そうなのか!?それは失礼した。ところで、さっきから気になっていることがあるんだが…。聞いても良いか?」
ドキッとした。
男っぽく喋るように、私は精一杯努力をしている。
通信機越しなので、そう簡単にはバレることはないと考えていた。
「はい。ユカさん、どうぞ…?どのようなことなのでしょうか…?」
「前回と比べて、お前さんの声…高くなってないか?」
やっぱりか…。
「えっと…はい。あれから色々ありまして…。」
魔法で性転換したことにはとりあえず触れずに…。
問い詰められたら、話すことに決めた。
「ああ。あれから少し成長したということか?ん…?だが、お前さん男だったよなぁ…?声が高くなるのは変ではないか?」
ベッドの上で私はユカさんと通話をしていた。
それをリゼイルは隣で見守っている。
時折、私の身体を触ってちょっかいを出していた。
「色々あったんです…。色々と…。」
「やっぱりな?何か隠していることがあるだろう?凄く怪しいぞ?」
今すぐにでもこの通話を切ってしまいたかった。
だが、あの宇宙船に乗せてもらえれば移動が楽だ。
クゥイルデからエリンダルフまで容易いだろう。
だからユカさんを無碍にすることはしたくない。
「隠していること…ですか。」
「ああ、そうだった!!その通信機、お互いの姿を映し合える装置が付いている最新機でな?ついでだ、試しに使ってみるか?」
まさかのビデオ通話機能付き?!
通信機の画面上部を見ると…カメラらしきものが。
最新機という話だが、十年位前のスマホ感がある。
でも、こんな異世界で通話するとは夢にも思わず。
しかも、日本語でビデオ通話する羽目になるとは。
異世界に転生したのが夢ではと、一瞬頭を過ぎる。
あの状況で、生きていられる訳はないのだが。
「では、切り替えるぞ?良いか?」
「少しだけ…待って下さい!!」
このままではリゼイルが映ってしまう。
慌てて通信機をベッドの上に伏せて置いた。
──スタッ…
私はそのままベッドの上から床へと降りた。
口元に人差し指を当て、リゼイルを手招きした。
リゼイルは私の様子を見て何か喋ろうとした。
「シーっ…。」
慌てて私はリゼイルに向けて声を発した。
するとリゼイルも何か察してくれたようだ。
大人しくベッドの上からそっと私の隣へ降りた。
──ギュッ…
そのままリゼイルの手を私は握ると部屋の外へ。
──バタンッ…
「リゼイル、急に…ゴメンね?」
部屋の扉の外で、小さな声でリゼイルに詫びた。
「一体、あんな慌ててエルフどうした?」
「あの機械、こっちの姿を相手へ映せる装置が付いてて…。」
「ああ、何となくわかったぞ?俺がエルフと一緒に映ると都合が悪い感じか?」
全くリゼイルの言う通りだ。
色んな意味で、私にとって都合が悪すぎるのだ。
「ゴメンね…?実はそうなんだよね…。色々聞いてきて面倒な人で…。」
「そうか。なら少し、シルヴァス先生のところ行ってくるからさ?終わったら来いよ?」
「うん。リゼイル、ありがとうね?」
詮索することもせず、リゼイルは歩き始めていた。
本当にいい男だと思った。
時間遡行前とは、リゼイルの感じが違うのだ。
そんなリゼイルに私の身体の真実は絶対言えない。
だからこそ、今のこの状況は切り抜けなければ。
──バタンッ…
「ユカさん、お待たせしました。」
「騒がしかったが、もう大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。」
「そうか。では、切り替えるぞ?」
通信機の画面に、ユカさんの姿が映し出された。




